大森靖子×漫画家イララモモイ対談「恋」と「音楽」人気漫画『付き合えなくていいのに』の魅力

■負の感情が大きいほど、創作に生きる

イララモモイ氏の作品に注目していたと話す大森靖子氏

大森:私は普段自己評価が低めなのですが、恋愛をしていると、ヤバい、この感情は曲にできるかも、と思うことがあるんです。そう思った瞬間に、自己肯定感が高くなりますね(笑)。

イララ:漫画作りでもそういう側面があります。どんなに嫌なことがあっても、漫画にしちゃえばいいじゃん、と思えますから。負の感情が大きければ大きいほど創作に活きてきます。

大森:ラッキー、と思っちゃいますよね。私もSNSでめっちゃ炎上した時は、よし、曲を作ろうと思ってしまいますし(笑)。

――イララさんは普段、どんな思いで漫画を描いているのですか。

イララ:私にとって、漫画を作ることは自分自身を救う作業なんです。先ほどお話ししたように、辛かった出来事でも漫画にできると思ったら急に面白く見えてきて、客観視できるんですよ。私は自分の漫画がすごく好きなので、描き上げたものを読めると単純に楽しいし、「こんな面白いものを描ける自分最高!」って思えて、自分自身が救われる瞬間があるんです。大森さんはどうですか。

大森:私は曲数が多いと言われますが、それは美大受験をしたとき、「1日さぼったら下手になる」と予備校の先生に言われた影響が大きいんですよ。だからこそ、いろんな仕事が来るように立ち回っています。曲を作っても、自分がライブで歌える数は限られているので、いろいろなアーティストに提供させていただければと思い、プロデュースも始めました。

――いざ数を書こうと思っても、簡単にできることではありませんよね。大森さんは作曲をしようと思うと、自然に曲があふれてくるのですか。

大森:仕事では、自分の人生を糧にして曲を書ける機会は、意外に少ないと思います。ただ、嬉しいも、悲しいも、気持ちって蓄積しておけるんですよ。日々感じたことをストックしておいて、今、この感情を使えば曲を作ることができるな…と思ったら、心の引き出しからとってきて使うことがよくあります。

■言葉には人間と同じくらい魂がある

――大森さんの曲といえば、一度聴いたら忘れないフレーズが特徴ですよね。

イララ:大森さんの言葉の選び方は、いつも参考にさせていただいています。大森さんの歌詞のなかには、共感を超えた存在、「これは私だ!」と思える女の子がたくさんいると感じます。いろいろな人が心当たりのある感情を、具体的な言葉や、限定的な情景描写に落とし込んで表現されています。また、普通は思わない角度からも表現されることもあります。「君のことが好きだから、君に届くな」はパッと聞くと意外な方向性ですが、確かにそういうことはあるよな、と思わされる感覚なんです。

大森:嬉しいですね。言葉って面白いんですよ。良いように感じることが実は多面的だったり、悪いと考えられている言葉もかわいいなと思うことがありますから。

――例えば、どのようなものでしょうか。

大森:最近流行っている“チー牛”という言葉は、“チー”と“牛”がそれぞれ響きがかわいいので、道重さゆみさんに「ちーぎゅう♡」という曲を作って提供しました。言葉は人間が作ったもので、人間と同じくらいの魂をもっていると思います。言葉がもっと多面的なことが伝わったら、人間も多面的であることがわかると思いますし、相互理解が深まったり、感情への解像度が膨らむと考えています。

イララ:なるほど、腑に落ちました! 大森さんの歌詞は、私の解釈と、ネットのコメント欄の解釈が違っていることが多いんです。かえって、こんなにいろいろな読み解き方があるんだなと思わされることがあります。

大森:コメントを見て、私も思いつかなかった解釈だけど面白いから、そういうことにしちゃおうと思うことがありますよ(笑)。

イララ:大森さんにもそんなことがあるんですね!

大森:たまにいませんか? めっちゃ凄い、みたいな読者(笑)。

イララ:います、います、めっちゃいます(笑)。

大森:私の場合、「きゅるきゅる」という10年前に書いた曲にある、「私性格悪いから あの子の悪口絶対言わない」という歌詞の意味をいろいろ深読みしてくださる人がいます。実は、トリプルファイヤーという友達のバンドの曲に「俺は頭がいいから性格が悪い」という歌詞があったので、それに対するアンサーとして「私は性格が悪いから悪口は言わない」と応えただけなんですよ。

イララ:そうだったんですか! 私もその歌詞の意味をずっと考えていたのですが、受け手の方でいろいろ広がっていくんですね。

■愛は全部気持ち悪いけれど、かわいい

――大森さんはSNSを通じて積極的に考えを発信しておられます。イララさんは、大森さんのコメントで印象に残ったものはありますか。

イララ:大森さんが質問箱で、「同性愛の人なのだけれど、気持ち悪いと思われるのが嫌です」という質問に「愛なんて、みんな気持ち悪いんだから」と回答されていたことがありました。それがすごく印象深くて、私が創作をする上でのテーマを「愛は全部気持ち悪いけれど、かわいい」にしているんです。

大森:質問箱まで参考にしてくれているなんて、嬉しい!

イララ:こういった素敵な言葉が瞬発的に出てくるのが凄いですよね。大森さんの曲で描かれているのは、キラキラ、清らか、きれい、といったプラスの感情ばかりではないじゃないですか。それなのに、マイナスの感情でも曲を通すと、かわいい、刺さる、といった具合に魅力的に感じられます。自分の作品も、読者にそう思ってもらえるように頑張りたいと思います。

――イララさんが、大森さんの音楽の力をはじめて感じたのはどんなときだったのですか。

イララ:大森さんの曲に救われたことは何度もあります。大学生の時、深夜まで課題に追われて死にそうになったときがあるのですが、そのときに「君に届くな」を聴いたのです。当時住んでいたのは和室の汚い部屋で、私はやばい恰好をして退廃的な雰囲気だったのですが、「君に届くな」の歌詞とメロディが自分の雰囲気に合ったんです。私は今、めっちゃMVの主人公だなと思えて、楽しくなりました。音楽を聴けば逆境を面白いと思えるし、乗り越える手助けもしてくれる。辛い気持ちを逆に輝かせてくれる音楽って、凄い力があるなと気づきました。

大森:「君に届くな」は、どう考えても、人を救う感じの曲ではないですよね。ところが、今やっているツアーで1人に1曲弾き語りで歌うプランがあるのですが、「君に届くな」の「憂鬱はピンボケしてるから」という1行の歌詞に救われたので歌ってください、とリクエストされたんです。退廃的な場面を描写した歌詞なのに、誰かの生活に影響を与えられるんだなと知って、私の方が救われました。

――素晴らしいですね。言葉の力を感じます。

大森:新曲「SickS ckS」は恋愛の曲ですが、「リスカがわり軽くやっちゃった 君を忘れるためのセックスが」という歌詞が、一見するとただの卑猥な感じの曲なのでネットで叩かれたりもしています。しかし、自分のそうした感情を曲として残していけば、誰かの生活に繋がれるんじゃないかと希望を感じています。

イララ:漫画のなかで、延々と辛い描写をリアルに描いていたときがありました。ある読者の方からは「いつもこの子にこんな思いをさせているなんて」と言われたのですが、一方で「同じ経験をしたので救われた」とおっしゃった方もいました。読者の方も漫画というある程度楽しめる状態だからこそ救われた部分はあるんだろうなと思いました。

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