サザン、米米CLUB、ミスチルの名曲ととも紡がれる感動物語ーー音楽ライター・栗本 斉の『さよならの向う側 ’90s』レビュー
清水晴木『さよならの向う側』(ことのは文庫)シリーズの最新作『さよならの向う側 ’90s』が、11月20日に刊行された。小説紹介クリエイター・けんご氏も絶賛する本シリーズは、累計6万部を突破する人気作で、2022年には上川隆也主演でドラマ化もされている。
最新作『さよならの向う側 ’90s』は、舞台を90年代に移し、時代を彩ったさまざまなJ-POPの名曲とともに感動の物語が紡がれている。リアルサウンド ブックでは、『「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社新書)の著者である音楽ライターの栗本 斉氏に、本作のレビューを寄稿してもらった。
90年代のカルチャーが散りばめられた物語
もしも自分が死を迎え、あの世へ向かう直前に24時間だけ猶予をもらい、「会いたい人に会いに行ける」と言われたら誰を選ぶだろうか。しかも、その相手は自分が死んだことを知らない者に限る。そんな設定で物語が展開する『さよならの向う側』という連作シリーズの最新刊が、『さよならの向う側 ’90s』である。2021年に発表された第一作『さよならの向う側』は大いに話題になり、翌年テレビドラマ化もされた。
そして『さよならの向う側 i love you』、『さよならの向う側 Time To Say Goodbye』に続く第4弾の最新作は、タイトルにある通り1990年代が舞台になっている。案内人に導かれ、最後に会いたい人に会いに行くという設定はこれまでと同じ。しかし、90年代特有の空気感の中で展開していくというところが、今回の特色といえるだろう。
物語では、5つのエピソードに合わせて、5人の“死者”が登場する。第一話は、娘を男手一人で育て上げた享年48歳の父親だ。しかも娘の結婚式目前という、悔やんでも悔やみきれないタイミングでの死である。さらに言えば、最後に会いたい人はその死を知る娘というわけにはいかないからこそ、工夫を凝らして娘との最後の時間を過ごそうとするのだ。ここで重要なアイテムとなるのが、90年代初頭を彩った数々のJ-POPのヒットナンバーである。
舞台設定が1992年ということなので、街中では大事MANブラザーズバンドの「それが大事」が流れ、娘との想い出の回想にはプリンセスプリンセス、ドリカム、LINDBERGといったキーワードが登場する。当然、配信やiPodなどもなく、アイワのダブルラジカセやウォークマン、カセットテープが小道具として効果的に使われるのだ。
そして、本筋の最重要曲が、第一話のタイトルにもなっている米米CLUBの「君がいるだけで」。ヒットソングは、往々にして時代の空気やその当時の感情を呼び起こすものであるが、まさにその特性をうまく物語の中に落とし込んでいる。楽曲をリアルタイムで知っている世代なら、ストーリーへの感情移入もしやすくなるはずだ。
こういった90年代のカルチャーや世相が、本作にはたっぷりと散りばめられており、散りばめられたキーワードを懐かしみながら読むのも、本作の楽しみのひとつである。第二話は、バブル崩壊後に苦悩する青年二人の友情物語で、Windows95やテレホーダイ、ドーハの悲劇や『ノストラダムスの大予言』、さらには『完全自殺マニュアル』といった、21世紀に入ってすっかり忘れ去られていたワードが多数出てきて、思わずニヤリとしてしまう。加えて、ここでの重要なモチーフはゲームである。『ストリートファイターII』『スーパーマリオカート』『ボンバーマン』、そして『ときめきメモリアル』といった当時のゲームを、二人の青年は朝を迎えるまでスーパーファミコンでプレイする。
第三話においても、電話ボックス、ハローページ、ポケベル、PHSといった通信に関するワードが頻繁に出てくる。ただし、主人公が高齢者のため、他のストーリーと違って落ち着いたトーンで書き分けられていることで、それまでとはひと味違う感覚がある。第四話の主人公は珍しく“死者”ではないというのもひねりが効いている。2000年問題やヤマンバ、映画『アルマゲドン』などがそれとなく文中に登場するのも90年代末ならではだ。