『藤子・F・不二雄 SF短編集』核戦争に地球侵略まで……夏に読みたい怖いエピソード3選

 大人も楽しめる藤子・F・不二雄の短編集。名作『ドラえもん』では、ドラえもんとのび太が様々な秘密道具を使って事件や周囲の困りごとを解決していくことが多いが、短編集では反対に、登場人物が悪びれもなく犯罪者になったり、シビアな事件に巻き込まれたりする。今回は、夏にぴったりな“ちょっと怖いSF(少し不思議な)短編”を紹介したい。

「ひとりぼっちの宇宙戦争」

 本作の主人公は空想が大好きでSF漫画家を夢見る中学生。ある夜、彼が宇宙戦争を題材にした漫画のストーリーを考えていたところ、なんと地球存亡をかけた宇宙戦争の戦士に選ばれてしまう。これは、全地球人の中から無作為選抜によって選ばれた代理戦士が、ハデス星人が作った知力·体力がまったく一緒のロボットと戦い、どちらかの死亡によって終戦となる、というもの。

 本作のユニークな点は、主人公が作品冒頭で空想した「ヒーロー」に強制的にさせられてしまう、という点だ。特別な才能や特技のない彼は、空想の中で理想のヒーロー像を描くのだが、宇宙戦争の代闘士というまったく予期せぬ形でこの空想が現実化することに。ただ、自分と宇宙人が用意したロボットとの1対1(?)での対決結果がそのまま地球の滅亡に直結するというプレッシャー、そして人間と違い感情がないロボットを対戦相手にするという過酷な状況を経験し、主人公はヒーローの辛さや現実の理不尽さを痛感していく。結果、彼はギリギリのところで勝利するのだが、一見華やかで世間からチヤホヤされるイメージのヒーローたちの現実を知るのだ。

 予期せぬ戦争に強制参加させられる怖さ、そして社会生活の中でも経験する理想と現実のギャップについて考えさせられる1作だ。

「定年退食」

 現在では、人口減少や高齢化問題がニュース番組や選挙演説などでも大きく取り上げられるようになってきたが、藤子·F·不二雄は1970年代にすでにこの問題に切り込んだ作品を描いていた。

 「定年退食」は、生産者2.7人で年金生活者1人を支える超高齢化と食糧不足問題を抱える世界を描いた作品だ。74歳になる主人公は、食事を節食し健康に気を使いながら生活している。ある日、2次定年の特別延長申し込みに関して、友人から「申込書の登録ナンバーにツメで印をつけると贈賄のサインとなり当選できる」と言われ、その通りに行うが落選。さらにその日、首相から定員法縮小に関する声明発表があり73歳以上はその日以降定員カードが効力を失い、年金、食糧、医療その他一切の国家による保障を受けられなくなる、と発表されてしまうのだ。

 現在、日本では定年年齢の引き上げが行われており、企業ごとに再雇用制度があったりもするが、本作のラストシーンでは56歳までが一次定年(生産人口)で、72歳までが二次定年となり、73歳以降は一切の生活保証がなくなるという世界線が描かれている。主人公の「わしらの席は、もうどこにもないのさ。」というセリフでラストを迎える本作。藤子·F·不二雄の描いた超高齢化社会に、現実が追いつく日は訪れるのだろうか?

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