「異世界転生は落語に似ている」人気作家・中田永一、児童書『彼女が生きてる世界線!』で拓いた新境地

 交通事故にあって目が覚めたら、大好きなアニメの世界に転生していた。ただし、見た目も言動も悪魔のような悪役の子ども時代に! その最悪の状況を逆手にとって、ラストに難病で死ぬことが確定しているヒロインの命を救うべく奔走する主人公の姿を描き出す、中田永一の小説『彼女が生きてる世界線!』(ポプラ社)。全3巻で完結した、著者にとって初の児童書でもある同作を、このたび一冊にまとめて単行本化。改めて物語に対する想いを伺った。(立花もも)

死なない難病モノがあってもいいんじゃないか

さまざまなジャンルの書き手として活躍する中田永一さん

――アクトという中学生(途中からは高校生)なのにサラリーマン思考の主人公と周囲とのギャップがおもしろかったですが、アニメの決められたシナリオに逆らってヒロインを救おうとする姿を、作家である中田さんが書くというところにメタ的なものを感じて興味深かったです。

中田永一(以下、中田):僕はもともと別名義でホラー小説家としてデビューしたため、人が死ぬ話ばかり書いていたんですよ。彼らの怨念はどこかに蓄積しているのではないか、いつか自分が殺していったキャラクターたちから逆襲されるのではないか、と想像していたことも、もしかしたらアクトを書くうえでは影響しているかもしれませんね。

――そんなこと、想像していたんですか。

中田:僕に殺されたキャラクターたちの座談会があったら、どんな雰囲気になるんだろうなあとか。

――それはそれで読んでみたい気がします(笑)。

中田:あとは、小説の設定を考えるときに、親子のような関係から組み立てていくことが多いんですよ。親というのはつまり、主人公を抑圧する相手ということですね。アクトに対しても、親に逆らう子どものようなイメージで、運命を司る神としてアニメのシナリオに立ち向かわせることにしました。

――たしかにヒロインが死んでしまうラストには感動したけど、アクトが死なせなくても感動できたはずだ、と思う場面は、難病モノに対するアンチテーゼでもありますよね。

中田:死んでしまう物語を否定しているわけじゃないんですよ。むしろ〝泣ける〟と銘打たれる物語に僕はわりと肯定的だし、『君の膵臓をたべたい』はめちゃくちゃ好きだったし、心を動かされることはしょっちゅうある。でもだからこそ、死なない難病モノがあってもいいんじゃないかと思いついたんです。最後の最後で命が助かり、登場人物の誰もが幸福になれるラストで、かつ読者も満足できるような物語にはどんな可能性があるのかな、と。

死なない難病モノにはどんな可能性があるのか探ってみたくなった

――その物語を、異世界転生という設定で描いたことで、何か発見はありましたか?

中田:異世界転生モノは、書籍化されていないものを含めてよく読むんですけれど、主人公が異世界という未知の環境にどうなじんでいくのか、その過程がいちばんおもしろいんですよね。だから、書きながらアクトが意外とはやく周囲に受け入れてもらえそうな雰囲気になってしまい、どうしようかなと思いました。周囲からずっと恐れられているほうが、内面とのギャップも含め、おもしろく展開していけるんだろうなと思ったんですけど。

――全員ではなくとも、その言動を近くで見ている人ほど「以前のアクトとは明らかに違う」とわかってしまいますもんね。もちろんみんな、信じ切れずに戸惑っていますけど……。

中田:特に中学生編から高校生編に変わる一章と二章のあいだ、描かれていない空白の期間に、その戸惑いも含めて解決してしまうだろうなと。だけど主人公が転生する前、権力を盾に非道な振る舞いをしていたアクトの所業は消えたわけではないので、言動を改めたからといって簡単に許されてはいけないという想いもありました。ヒロイン・ハルの友人で、アクトのことをずっと憎み続けている柚子を登場させたのは、やはり憎まれ続けることも必要かなと思ったからですね。

――柚子の傷は簡単に癒えないし、許さないのも当然ですが、本作を読んでいると、誰かを観察するときに大事なのは「何を思っているか」より「何をしているか」なんじゃないかなと思わされるんですよね。感情にとらわれすぎると、見失うものもあるんだろうな、と。

中田:それは、映画などで脚本の仕事をしている影響が大きいかもしれませんね。登場人物の些細な動きで観客にその心情を想像させるというのは、映像のテクニックではあるので。

 あと、やっぱり、異世界に限らず新しい環境になじむためには、行動しなきゃいけませんよね。新入社員がえらそうなことばかり言っていても誰も信用しないし、褒められなくてもまずはコツコツ、成果の出る何かをしていくしかない。アクトが、ハルの病――白血病の治療法を確立するための一歩として、駅前でボランティア活動をする場面がありますが、それも異世界でなじむためには必要なことだったのだと思います。

――人知れず、変装してまで誰かのために動いている姿に、まわりはアクトが変わったことを信じられるようになりますもんね。しかもそんなアクトの行動が、ラストでハル以外の人も救っていたということが、けっこう泣けました。

中田:子ども向けの小説として書き始めたので、大人の社会とはどんなものなのか、その一端を子どもの社会と対比して描くようにはしていたんですよ。サラリーマン時代の思考を描いていたのもその一つで、接待もつらいことばかりではないし、こういうふうに役立つこともあるよとか、意外と楽しいこともあるんだよというのは、伝わったらいいなあと思っていました。仕事するってこと自体、思いがけないところで誰かの役に立つこともあるんだ、みたいなことも。

――この小説を読んでいると、サラリーマンってかっこいいなって思えますよね。

中田:会社の歯車になっているとか、社会に埋没しているとか、サラリーマンってネガティブなイメージで語られることも多いけど、会社勤めをしたことのない僕には、毎朝電車で通勤して働いている彼らへの強いリスペクトがあるんです。だから、アクトが肯定的に前世を語ってくれるキャラクターでよかったな、と思います。

大人の社会はつらいことばかりでなく楽しいこともあるんだよ、と伝えたくて

――一方で、最後まで読み終わったとき、消えてしまったアクトの人格についても想いを馳せてしまいました。本当は最初から今(転生後)のアクトみたいになりたかったんじゃないのかな、とか。

中田:彼もまた、神様に運命づけられたものを背負って生まれた被害者ではあるんですよね。とにかく顔が怖くて、自分のせいではないことで父親に憎まれて。裕福な生まれではあるけれど、見た目だけで誰からも遠ざけられて、受け入れてもらえなかった。

 だけど新しく生まれ変わった主人公は、ハルを生かすことにしか興味がなく、自分の顔が怖いことなんてどうでもいい。目的を果たすために必要なこと以外は全部無視して、軽々と突き進んでいく姿が、書いていて楽しかったところではあります。

――そんなアクトにつられて、取り巻きの二人、桜小路さんと出雲川くんも善行を積んで人気者になっていく過程も、なんだか軽やかですがすがしかったです。

中田:ああ、あの二人を書けたのはよかったなと僕も思っています。最初はただ、金持ちの子どもにとりいる良家の子どもたち、ってイメージだけで、活躍させるつもりもそんなになかったんだけど、だんだん三人一組のチーム感が出てきて。最初は、高飛車な金持ちというのがイメージしにくくて書くのが難しかったですけどね。

――いくらでも現金を引き出せるクレジットカードをプレゼントしようとするとか、だんだんお金持ちならではの個性が出てきて、読んでいる側としては大好きでした。

中田:たしかに。アクトと一緒に、一般庶民に対しても好意的になり始めてからは、僕も楽しく書いていました。そうなると、アクトだけでなく一人ひとりが積み重ねていく行動によって世界が変化していく姿が描ければいいな、とぼんやり思うようになったんですよね。たった一人の行動でどうにかするのではなく、みんなの行動がよりよい未来……この物語でいえばハルが救われる結果につながっていくといいな、と。

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