マンガとドラマでヒットを記録『おっパン』作者・練馬ジムに聞くシリアスとギャグのバランス「上から目線にはしたくなかった」

 LINEマンガでの連載が完結し、6月17日に最終巻となる7巻が発売される人気漫画『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』(練馬ジム)。2024年1月から東海テレビ・フジテレビ系列で放送されたドラマ版も好評を博した本作は、無自覚にハラスメントを撒き散らしていた“おっさん”の沖田誠が、ゲイの青年・五十嵐大地との交流の中で価値観をアップデートしていく物語だ。社会派の作品と捉えることもできるが、あたたかなヒューマンドラマであり、腹を抱えて笑えるギャグ漫画でもある本作は、連載を終えてもなお新たなファンを獲得し続けている。

 そんな話題作を手掛けたのは、ネーム担当・作画担当の二人組で、息の合った掛け合いも楽しい「練馬ジム」先生。近年で創作のモチーフになることも増えている「ノンデリカシー系おっさん」をどう捉え、ジェンダー・アイデンティティーを含むデリケートな問題とどう向き合いながら、物語を紡いでいったのか。早くも次回作に期待したくなる気鋭のタッグに、じっくり話を聞いた。(リアルサウンドブック編集部)

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腫れ物扱いし続けると、お互いに歩み寄れない

――ノンデリカシー系の“おじさん”が主人公の作品が、いまドラマやマンガで注目を集めています。『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』(以下、『おっパン』)はマンガとドラマの両面でヒット作になりましたが、どのような着想から制作が始まったのでしょうか?

練馬ジム(ネーム担当):ずっとBL作品を描いていたので、初めてそれ以外のものを描かせていただくことになったときに、扱い慣れたもので取り組みたかったんです。そこで、(『おっパン』の主人公・沖田)誠のようなコミカルで打たれ強いキャラクターの方が、動かしやすいと考えました。

練馬ジム(作画担当):女の子をほとんど描いたことがなかったので、やっぱり男性が主人公だよね、という話になって。とにかく不安だったので、一番動かしやすい、うるさい主人公にしよう、となりました(笑)。

――『おっパン』は古い価値観にとらわれた誠が、その感覚をアップデートしていく物語です。「俺だって、好きでこんな自分になったんじゃない」というセリフが象徴するように、当初の誠のような古い感覚の人をただ悪者や笑い物にするのではなく、時代に取り残された寂しい人として描いているのが印象的でした。

ネーム担当:LGBTQについて知りたいと思ったきっかけでもあるのですが、LGBTQ当事者の方が、SNSを通してご自身が置かれている状況について強い言葉で発信されているのを見た時に、自分が無知であることを怒られているような気持ちになってしまったんです。もちろん、当事者として発信するのは大切なことで、その方は何も悪くありません。でも、無知な自分がどうコミュニケーションを取ればいいのかわからず、それが寂しくて。同じような気持ちになったことがある人って、けっこういるんじゃないかなって思ったんです。

作画担当:そもそもの知識も、経験もない。かかわり方もわからない。そんなときに、間違ったことを考えたり、言ってしまったりするのは仕方のないところもあって、そのなかでアップデートできるのであれば、無関心よりずっといいんじゃないかなって。その考えとマッチして生まれたのが、間違ってもつまずいても立ち上がってくれる誠というキャラクターでした。

ⒸZim Nerima/LINE Digital Frontier


――多様性を尊重する上で踏み込んではいけない領域が正しく見えてくると、どうしても距離をとったコミュニケーションに行きつきがちだと思います。しかし『おっパン』で描かれる関係性は、体当たりそのものですね。

ネーム担当:私の性格も影響していると思います。飛び込んでみないとわからない、聞いてみないとわからない……説明書を読まないタイプというか(笑)。相手の様子が変だったら「嫌だったのかな」と考える。「嫌だ」と言われたら「ごめん」と心から謝る。次やらなければ、大抵の場合は許してもらえるーーLGBTQ関係なく、相手を尊重していれば信頼関係も築けると思います。それがコミュニケーションだと思うし、腫れ物扱いし続けると、お互いに歩み寄れませんから。

説教くさくなく、読むと少し気持ちが楽になる作品に

――古い感覚にとらわれた誠自身が、最初は周囲から腫れ物扱いされていましたね。ゲイの青年・大地くん(五十嵐大地)が彼と正面から向き合い、コミュニケーションを取ったところから物語が展開していきます。

ネーム担当:私は、たぶん誠寄りの人間なんです。余裕があって、注意してくれて、教えてくれる、大地くんみたいな人がいるとありがたいって思います。

作画担当:LGBTQ当事者でない以上、結局、何が正しいのかわかりません。知りたいと思って話しかけても、「そんなことも知らないの」って言われてしまうと、もうそれ以上聞けなくなってしまう。甘えかもしれませんが、当事者の方が教えてくれると、関係性がスムーズにできていくんじゃないかなって。大地くんはそういう願いが込められたキャラクターです。

 もちろん、知った顔で「LGBTQってさ~」なんて言われたら、「なんだこいつ」ってなると思います。私は腐女子なので、「腐女子ってさ、こういうのを見て喜んでいるんでしょ」のようなステレオタイプな決めつけをされると、「もうそれでいいです」ってシャッターを下ろしてしまう(笑)。でも純粋に「知りたい」と思ってくれて、興味があるんだったら、伝えられることは伝えたいんです。

ⒸZim Nerima/LINE Digital Frontier

――その一方で、“説明書”を熟読してからでないと動けない人も多いと思います。知らないことが恥ずかしくて、言えない。

ネーム担当:そうですよね。相方(作画担当)から、「知らないことを『え、知らなかった!』って素直に言えるの、すごいよね」と褒められたことがあって。もともと「だって知らないじゃん。しょうがなくない? 今知ったし」というスタンスだったんですけど、褒められてからはさらに何でも聞いてしまうようになりました(笑)。

作画担当:本当に何でも聞くよね(笑)。

ネーム担当:SNSのフォロワーさんにLGBTQ当事者の方がいらっしゃって、その方が色々なことを教えてくれました。今思うと失礼なことも聞いてしまったと思いますが、「そんなことも知らないの?」と言われたことはありませんでした。特にデリケートな問題については、相手を傷つけてしまうのが怖い、というのはよくわかります。でも、そうやって踏み入らないようにしているだけだと、何も前に進まないし、それはちょっと悲しいなと思うんです。

――誠もよく失敗しますが、その都度、反省してアップデートしていくので、愛想をつかしかけていた家族にも、徐々に受け入れられていきます。周囲の人にも恵まれていて、結果として嫌な人が一人もいませんでした。誠が鼻つまみ者だったところから“神アプデ”していくなかで、悪役を作らずに物語を進めていくのは大変だったのではないかと。

ネーム担当:そうなんです。最終的に、誠が大地くんを助ける展開は絶対に作りたくて、「敵」をどうしようかとずっと考えていたんです。でも、敵を作ったら、それを倒して終わり、ということになってしまう。正解のない問題をずっと描いてきたのに、すべての問題が解決したような違和感が出て、チープになってしまうと考えて、あえて悪役は作りませんでした。誠は大地くんたちの問題に対して解決はできないけれど、くじけたときに「よく頑張った」って言ってくれる人がいるだけで、私は十分だと思います。

――『おっパン』はともすると説教くさくなってしまうようなテーマを含みながら、軽やかに楽しく読めるのも大きな魅力だと思います。シリアスとギャグのバランスはどう考えましたか?

ネーム担当:話づくりは、主軸と着地点をシリアスな展開で考えて、読み応えとしてギャグを肉付けしています。説教くさくしたくない、という気持ちはずっとあって、それは私が、説教されるのがめちゃくちゃ嫌いだから(笑)。

作画担当:本当だよね(笑)。

ネーム担当:それに、自分たちも人に説教ができる立場ではなくて、会社に勤めて日々パワハラ上司と戦っているわけでもなく、自由に生きさせてもらっていて。安全圏にいる私たちが、人に偉そうなことなんて言ってはいけない。だから、「こんな考え方があるよ」みたいな情報提供くらいがいいなと思っているんです。例えば、SNSで不意に見た一言で、悩んでいた気持ちが一気に軽くなる、みたいなことってありますよね。『おっパン』を読むと少し気持ちが楽になるーーそうした作品にしたいと思っていました。

作画担当:他から借りた意見じゃない、相方(ネーム担当)の性格だったからこそ、説教くさくならなかったのかなと思います。ギャク要素でいうと、一話一話が短い中にも、小ネタを充実させて満足感を狙いました。

ーーアニメやゲームのパロディネタもありますし、ネットミーム的な知識も豊富で、クスッと笑えるシーンが盛りだくさんですよね(笑)。

ネーム担当:完結するのがもう少し後だったら、絶対に「猫ミーム」を入れていました(笑)。

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