ふかわりょう 初の書き下ろし小説『いいひと、辞めました』 ルールから逸脱することを描いた理由は?

 タレントのふかわりょう氏が初の書き下ろし小説『いいひと、辞めました』(新潮社)を刊行した。主人公の40代独身男性・平田は、結婚相談所に通っているものの、結婚相手はおろか交際相手も見つからない。「いいひと」だから「惹かれない」のだと指摘された彼は、正反対に振り切って、サイテー男の道を極めるべく邁進するーー。 そんな小説を執筆したふかわ氏に、本作に込めた思いと愛読する小説について話を聞いた。(篠原諄也) 

■「いいひと」はすごく絶妙なフレーズ

ーー本作は「いいひと」が「サイテー男」になろうと努力する物語でした。 

ふかわ:「いいひと」はすごく絶妙なフレーズだと思いました。ポジとネガの両方のニュアンスがあって、使い方や文脈によって全然意味が異なるんです。 

 主人公の平田は結婚相談所に通っていますが、全然うまくいかない。すると相談所に勤める姫野から、それは「あなたが、いいひとだからです」と指摘されます。「いいひと」なのだからプラスの作用があるはずなのに、ネガティブな要素となっている。現実的にも、「いいひと」が足を引っ張ることはあるし、恋愛においては効果がないという真実もありますよね。 

 平田は自分が「いいひと」だという自覚はありませんでした。そこも含めて、筋金入りの「いいひと」なんです。結婚相談所で指摘されてから、もういいよわかったよ、サイテー男になってやる!と考える。しょうもない決心なんですけどね。でも、いざサイテー男になろうとすると、これが意外と難しい。道徳感や倫理感がは無意識に刷り込まれているんですよね。 

インタビューに応える、ふかわりょう氏

ーー確かに「いいひと」になることよりも、徹底して「サイテー」になることのほうが難しいように感じました。 

ふかわ:僕自身、あまり遅刻できないタイプなんです。もう明日からは遅刻OKでいこうと決めたとしても、どうしてもできない。倫理観に縛られてしまっているんですね。だから、サボれる人やルールから逸脱できる人をちょっと羨ましいなと思うことがあります。もちろん、自分自身にも多少はそういう側面がある。つまり、「いいひと」の側面もあれば、破綻している側面もあるんです。そんな僕が今まで人生で体感してきたことが、本作の材料として反映されているように思います。 

ーーふかわさんは主人公の平田をどういう人物だと思いますか。 

ふかわ:彼が「いいひと」であるのは、打算的ではなく、普通にやっているだけなんです。よく言えば実直さや誠実さがあるんですが、でもそれが婚活市場では足を引っ張る。そのように価値観がひっくり返ることは、実際にもよくあることだと思います。 

 仮にどこを切り取っても完全に「いいひと」がいたならば、どこかちょっと狂気を感じる怖い人だと思うんです。今回はそこまで怖い人物像にはしていないですけど、滑稽な人ではある。週末の予定を聞いても、ボランティアやお手伝いをする予定ばかり。でも本人からすると、無理をしているわけでもない。そういう意味では、どこかズレているかもしれませんね。 

■人間に完璧を求める風潮が強い

ーー平田はサイテー男になる修行をしますが、施設や合宿でそれを学ぶというのがユニークでとても面白かったです。徹底してルールから逸脱するさまも、見ているとある種の爽快感がある気がします。 

今回の小説は、のどごし爽快に味わってほしいと語るふかわ氏

ふかわ:もし本当にサイテー男になる術を学ぶ施設があったら、通ってみたいと思う人は多いと思うんです。いいひとでいることに嫌気がさしている人も少なくないので。また、作中で書いたことですが、(音楽で)楽譜通りに弾くことが必ずしも感動を呼ぶとは限らない。でもどこかで社会は楽譜通りに演奏することを求める。そうなるとやっぱり楽しさが薄まってしまう。だからもっと楽譜から逸脱してもいいんじゃないか。 

 それは人の生き方も同じだと思います。今、人間に完璧を求める風潮が強く、ちょっと息苦しく感じている人も多いんじゃないでしょうか。間違ったり、逸脱するという自由もあるのではないか。そうした思いも、自ずと作中に詰まっています。今回はそれをエンターテインメントとして、のどごし爽快な感じで味わってほしいなと思います。 

ーー今回、書き下ろしとしては初の小説とのことですが、ふかわさんは元々どういう小説がお好きでしょうか。 

ふかわ:明治から昭和の文豪系が好きなんです。例えば、三島由紀夫や川端康成とか。ポピュラーな作品も好きなんですけど、掘り下げていくとその作家のもっと濃度の高いものに触れることができる。それがすごく面白いんですよね。文豪たちは人間の滑稽さを、本当に深く掘り下げている。 

ーー「濃度の高いもの」とは例えばどういうことでしょう。 

ふかわ:三島由紀夫の小説では、心理描写がすごく細かいんですよね。ひとつのセリフを言うにあたって、そこにたどり着く紆余曲折を丁寧に書いている。その道筋を緻密に書いているさまを読んでいると、やっぱり人間を描いているなと思うんですよね。やっぱり僕は人間に関心があるんだと思います。 

ーー今回の小説でも影響は受けているでしょうか。 

ふかわ:これまで享受してきたものが、なんらかの栄養になっていると思います。でも影響を受けすぎずに、自分なりの身の丈に合った表現にしています。特に文豪を意識するような文体にはせずに、とにかくのどごし爽快に読んでもらえることを念頭に置きました。 

ふかわ氏は、言葉を紡くことはすごく大事な作業と語る。

ーー本作を刊行された今のご展望について教えてください。 

ふかわ:文筆による表現は続けていきたいと思っています。エッセイにせよ小説にせよ、頭の中に散らばっている言葉を紡いで構築することは僕にとってすごく大事な作業。テレビやラジオなど、他の仕事にも良い作用を及ぼしていますが、結局は地続きなので。

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