【生誕100周年】水木しげるは伝記漫画もすごかったーー隠れた名作『劇画ヒットラー』を読む

 「生誕100周年事業」が続々展開されている、妖怪漫画の巨匠『水木しげる』。実は、彼の過去作品を見ていくと、自身の戦時中の体験記や第二次世界大戦を題材にした漫画・著作も多い。本稿では、ファンからも評価の高い『劇画ヒットラー』という作品の内容と、水木しげるらしさが光るポイントを紹介していく。

元おちこぼれがドイツの独裁者に

 アドルフ・ヒットラーの人物像を軸に、ナチスドイツの台頭からヒットラーの最期までを描いた『劇画ヒットラー』。第二次世界大戦やナチスドイツを題材にした漫画作品は数あれど、詳細な歴史考証を行ない、かつひとりの「人間」として淡々と描き抜いた作品はそうない。

 『劇画ヒットラー』は、ヒットラーが画家を目指して受験したウィーンの美術学校への受験に2年連続で失敗したエピソードから始まる。学生時代のヒットラーは、音楽学校への受験に成功し彼を頼ってきた親友から進学先について聞かれた途端に癇癪を起こしたり、話題をすり替えようとしたりする。しまいには、教師陣の採点方法が悪いと罵りはじめる。その姿はまるで我儘な子供だ。

 さらに、女性に声をかけられない自分のことを棚に上げて、軍人やユダヤ人たちが若いドイツ人女性たちを誘惑したぶらかしていると憤るシーンなど、かなりの他責思考。そして真偽はともかく、ひたすら持論を繰り広げる。ただ、その熱量に圧倒さながらも、当初周囲の人々は芸術家きどりの落ちこぼれである彼を「こいつは変人だから」と相手にしない。

 しかし、元落ちこぼれへの風向きは次第に変わっていく。第一次世界大戦で軍人として戦績を上げたこと、異常なほど愛国心を持っていることに目をつけたドイツ労働者党(のちのナチ党)の党員からの誘いで、入党することになるのだ。入党後のヒットラーは党を掌握し、やがて独裁者への道を歩んでいく。

 ヒットラーは、本作では「ハニカミヤで誇大妄想狂の青年」であり、画家への夢に挫折したこと、他責思考だったことがのちの行動の引き金だったと描かれている。歴史的な大虐殺も、実は1人の我儘がきっかけで起こった出来事にすぎなかったーー「悪の凡庸さ」という概念につながる、考えさせられる内容だ。

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