【新連載】速水健朗のこれはニュースではない:プライベートジェットとウーバーイーツの話

プライベートジェットとウーバーイーツを動かす原理

松本清張『ゼロの焦点』(新潮社)

 切手にも鉄道にもマニアがいる。僕の父親は、切手と鉄道の切符のコレクターだった。戦後生まれ世代にとって、切手と鉄道は代表的な趣味の分野だった。社会学者の大澤真幸は、「極端にローカルで部分的な何かに」に惹かれる鉄道マニアたちは、実際には、その背後にある大きなシステムに惹かれているのだと指摘する(『不可能性の時代』)。鉄道の線路は田舎町の駅と首都を結んでいる。自分もそこに接続されている。その喜びは、おそらく切手の蒐集の原点でもある。どこかのポストに手紙を投函するとそれは中央局に運ばれ、そして別の場所に運ばれていく。切手はその郵便のシステムにおける重要な細部である。能登の被災男性が住んでいた地域には、かつては鉄道も通っていただろうか。かつて能登の隅々にまでローカル鉄道が通っていた。それが松本清張の『ゼロの焦点』に描かれている。

 郵便も鉄道も全盛期を過ぎた。デジタル化とモータリゼーションによってそれらはゆっくりと揺らいでいる。つまり近代国家が生み出した公共のサービス、それはとてつもない規模のインフラであり、国民1人当たりの単位としては、かなりお得なサービスとして提供されていた。つまり規模の経済の仕組みそのものだ。一方で、プライベートジェットとウーバーイーツはまた別の経済の原理で動いている。"プライベート"ジェットの名が示すように、それは公共ではない。プライベートジェットとウーバーイーツの時代には、国民意識や領域意識も変化するだろう。テイラー・スウィフトが飛び越えた羽田とラスベガスの距離、または"ピザが届く30分"の距離。現代はその2つに分断しつつある。これをテイラー風に言うなら、両者は絶対に絶対にヨリを戻したりしないということになるだろうか。

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