【漫画】夫が亡くなった後、残された妻は……長嶋有の小説を漫画化『いろんな私が本当の私』が凄い
面白い本に出会えた。タイトルは、『いろんな私が本当の私』だ。この本をシンプルに「漫画」と呼んでいいものか、と少しだけ迷いたくなるところもまた面白い。
本作は、芥川・大江賞作家である長嶋有の小説を6人の女性作家が1人1作品ずつ漫画化したアンソロジーである。
『いろんな私が本当の私』収録作
「三十歳」(米代恭/『往生際の意味を知れ!』)
「今も未来も変わらない」(丹羽庭/『トクサツガガガ』)
「舟」(三本阪奈/『ご成長ありがとうございます』)
「もう生まれたくない」(コナリミサト/『凪のお暇』)
「問いのない答え」(鶴谷香央理/『メタモルフォーゼの縁側』)
「三の隣は五号室」(雁須磨子/『あした死ぬには、』)
それぞれ自身の作品で「このマンガがすごい!」をはじめとした各漫画賞にランクインしていたり、有名女優を主演に迎えて映画・ドラマ化されたり、SNSで注目されたりと、まさに“旬”を迎えている作家陣ばかり。一度にこれほどの個性豊かな作品を1冊の本として手に取る贅沢さに、まずはうっとりしてしまう。
「ほう」「へぇ」とページをめくるごとに訪れる新鮮な感動。なかでも個人的には、コナリミサトの描いた「もう生まれたくない」に圧倒されてしまった。コミカルな絵柄につい心を許して鼻歌交じりで読み進めていたところに、突然ズドンと重い事実に突き落とされる。そんな甘くてカワイイ毒入りお菓子のような作風は、コナリミサトの得意とするところだとはわかっていた。だが、そのスタイルが「もう生まれたくない」ではバチッとハマっていたのだ。
「もう生まれたくない」の原作小説は、200ページ以上にわたって綴られる。その物語を、本作では24ページの漫画にギュッと凝縮するのだから、どのエピソードをどう切り取るか、そこが作家陣たちの腕の見せどころでもある。
「もとが長編なので今回『どこ』を抽出するかなと思ったら、むんずとど真ん中を掴まれた感じで、(そうするのは予想できたことなのに)変な声が出ました(ヒット作を描ける人の強い手付きだ)」とは、解説ページにて長嶋がコナリの描いた「もう生まれたくない」について語っていた感想だ。その驚きと嬉しさが文章から伝わってくる。
そんな言葉を見ては、恥ずかしながら未読だった原作小説を手に取らずにはいられなくなった。読み進めるほどに、「なるほど」と長嶋の喜びを追体験しているような感覚になる。小説では日常に飛び込んでくるゴシップや訃報をきっかけに、人々の会話が広がっていく。そこにはリアルな有名人の名前や実際に話題になったニュースも登場し、ついつい現実社会でも「こんな会話をしていた気がする」とドキッとさせられるほどだ。
誰もが“人の死“というのはもれなく平等に訪れるものだと知っている。だが、一つひとつの死に触れたとき、心の動きは同じとはいかない。その知らせを知っても「そうなんだ」と変わらぬ毎日が続くこともあれば、自分の中で生きていくのも難しいほどに何かが変わってしまうこともある。
そんなありふれた“誰かの死“という日常と、人生を大きく変えるほどの死に直面した非日常。その対比を多くの言葉の中から「むんずとど真ん中を掴まれた感じで」描ききったのが、今回のコナリ作品の凄みなのだと感じた。
そう、冒頭で「この本をシンプルに「漫画」と呼んでいいものか、と少しだけ迷いたくなる」と書いたのは、漫画化された6作品を読むだけではとどまらない楽しみが見つかるからだ。