『ONE PIECE』「心折られた……」バーソロミュー・くまだけじゃない“尊厳破壊”の歴史を振り返る
実は東の海からすでに前兆があった?
しかし『ONE PIECE』で尊厳破壊のような描写が出てくるのは、今に始まったことではない。物語の初期から、尾田栄一郎の特異な作風は徐々に滲みだしていた。
たとえば、ルフィが最初に本格的な戦闘を行うことになったバギー戦。その舞台となる「オレンジの町」は、かつて海賊によって村を滅ぼされた人々が、心機一転立ち上げた町だった。しかし長年の努力で繁栄しかけてきたところで、バギー海賊団が襲来し、大砲・バギー玉によって無残に破壊されてしまうことに。
さらにこの町では、亡くなった主人の形見であるペットフード屋を守ろうとする犬のシュシュが登場。住人がいなくなった町で、シュシュは勇敢にもバギー海賊団へと立ち向かうが、ペットフード屋は容赦なく火を付けられる。人間のみならず、犬までもが目の前で大切なものを奪われ、自身の無力さを突きつけられるという徹底した描写だ。
また、序盤の名エピソードとして名高い「珍獣島のガイモン」も、尾田の作風が顕著に表れていた。元海賊のガイモンは、22年前に宝の噂を聞きつけ、珍獣島に上陸。崖の上に置いてある宝箱を取ろうとしたが、崖から落下し、空の宝箱に身体がハマって抜けなくなってしまった人物だ。
そしてルフィとの出会いによって、22年間守り続けた崖の上の宝箱の中身がついに判明するのだが、実は最初から空っぽだったという現実が待ち受けていた。ガイモンのコミカルな見た目で中和されているが、物語だけ見ると、1人の男が人生を捧げたものが水の泡になるという壮絶な展開だった。
理不尽で過酷な現実を描写すればするほど、それに立ち向かおうとする人間の意志の気高さが強く浮かび上がるもの。『ONE PIECE』の物語が読者の心を強く動かすのは、作者がこの黄金の方程式を巧みに使いこなしているからではないだろうか。