東宝はなぜ「シナリオ・センター」の本から学ぶ?  東宝取締役・市川南×著者・新井一樹「いい脚本」のつくり方

多くの読者からの反響があり、ベストセラーとなっている『シナリオ・センター式 物語のつくり方』(日本実業出版社)

  日本随一のシナリオライターの養成スクールとして知られる「シナリオ・センター」。そのノウハウをかみくだいて伝えた『シナリオ・センター式 物語のつくり方』(日本実業出版社)が売れ続けている。脚本家や作家を志す人をメイン読者においた同書、実は『ゴジラ -1.0』が大ヒット中の東宝で若手プロデューサー向け勉強会の教科書として使われているという。

  日本最大手の映画会社が同書から学びとろうとしているものとは? さらに『ゴジラ -1.0』にも垣間見れる、シナリオ・センター式傑作づくりのポイントとコツとは? 東宝取締役で、ゴジラシリーズなどのエンタテインメントユニット映画本部長でもある市川南氏と、『物語の作り方』著者・新井一樹氏の対談で解き明かす。

(左から)『シナリオ・センター式物語の作り方』の著者であり、シナリオ・センター取締役副社長の新井一樹氏と東宝取締役エンタテインメントユニット映画本部長である市川南氏。

いい脚本からしか、いい映画は絶対に生まれない。

――『ゴジラ-1.0』が大ヒット中で、評判もとても良いですね。

市川:ありがたいことに『シン・ゴジラ』を超える勢いで観客の方に足を運んでいただいています。12月1日からは北米で2000館近い劇場で公開するんですよ。

新井:2000館近くはすごい。反応が楽しみですね。

――そうしたヒット作を出し続ける東宝が、プロデューサー向けの勉強会で『シナリオ・センター式 物語の作り方』を採用されていると伺いました。どのような狙いが?

市川:もともと2019年に新井さんのシナリオ・センターに、東宝社内のプロデューサー向け研修の講師を依頼していたんですよ。もちろん脚本を書くのは、僕ら映画プロデューサーの仕事ではない。しかし、脚本を“読む”仕事ではあります。

 『ゴジラ-1.0』のように制作から手掛ける作品は年間5~6本で、その他、25本ほどはテレビ局制作やアニメも含めた他社制作の映画を配給する形で興行。合計30本ほどが、東宝で1年間に公開されています。その30本を絞るために、持ち込まれる脚本を年間100本以上は読みます。要するに、良きプロデューサーになるには、脚本から作品の良し悪しを判断する鑑識眼が不可欠なんです。

――良い脚本を見極める眼を養うため、シナリオ・センター式の力を借りたわけですね。

市川:もとより映画は脚本で決まります。伊丹十三さんの父親でもある映画監督兼脚本家の伊丹万作さんは「いい脚本からいい映画は生まれる。悪い脚本からいい映画は絶対に生まれない」といった言葉を残しています。至言だと思います。いい家を立てるには、いくら腕のいい職人がいても、設計図が優れていなければ意味がない。東宝には今20人ほどのプロデューサーがいますが、とくに若手には、そうした良い作品となる良い脚本を見極めるロジックを学んでほしかったのです。

装丁の良さもあり書店で『シナリオ・センター式 物語のつくり方』を思わず手に取ったという市川氏。

新井:2019年の頃は、シナリオ・センターから浅田直亮講師を派遣させていただきました。驚いたのは、研修会の最前列の席に市川さんが座って、受講されていたことです。「若手中心の研修」と聞いていたのに、東宝の取締役が砂かぶりで聞いている。これは講師はやりにくいだろうなと(笑)。

市川:(笑)。ただその研修はコロナ禍もあって、少し空いてしまった。しかし昨年からまた若手プロデューサーに絞った勉強会をはじめていました。そんなとき、書店でちょうど『シナリオ・センター式 物語のつくり方』を見かけて、手に取りました。装丁も美しく、内容もズバリ伝えたい話が続く。実のところ最初、新井さんの本だとは知らずに手をとったんですけどね。「あ、これ新井さんのか!」と。

新井:むしろ光栄です。

――読んでみた感想はいかがでした?

市川:教科書はもちろん「辞書のようにも使える本だ」と思いました。脚本の書き方を教える本は、古今東西でたくさんあります。第1幕(状況設定)・第2幕(葛藤、対立、衝突)・第3幕(解決)の3つにわけて物語をすすめる「三幕構成」理論を示した『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術』(フィルムアート社)、序破急を下地に東映ヤクザ映画のブランドをつくりあげた笠原和夫さんの『映画はやくざなり』(新潮社)、もちろん、新井さんのおじい様である新井一さんが書かれた『シナリオの基礎技術』(ダヴィッド社)などがあります。

  しかし『物語のつくり方』では、これら名著で指摘されているメソッドや、ノウハウが、網羅的にとてもわかりやすく押さえてある。脚本づくりで迷ったとき、「構成はどう組み立てたらいいのかな」「物語の緩急はどうつけるのがベストか」といったときに、辞書のようにひらけば、解決のいとぐちがわかりやすく見える気がします。

さまざまに脚本に関連する本がある中でも、「脚本制作における辞書のような本」と市川氏がおすすめするのが『シナリオ・センター式 物語のつくり方』だ。

新井:エンターテインメントの物語のベースは煎じ詰めれば同じですからね。

市川:そう。ハリウッド映画もヤクザ映画も、流派は違えど優れた脚本の構成はつながる部分がある。この本は、シンプルに体系化されているので、あらためてそう感じました。また既存の類書は、引用される映画がやや古く、その作品を観ていないとピンとこない面も多い。シド・フィールドはポランスキーの『チャイナタウン』をリスペクトして、多く引用しています。名作ですが、1974年の作品ですからね。笠原さんの本も『仁義なき戦い』を観ていなければ、すっと入ってこない。しかし新井さんの本って、実は映画からの引用は皆無ですよね?

新井:あ、そうなんですよ。作品を使っての解説は、あえてしませんでした。具体的な例で出したのは、昔話の『桃太郎』でくらいです。というのも、観たことがない作品が載っていると、書かれている内容が難しく感じてしまうと思ったからです。それに本書が異例なのは、脚本家でも小説家でもない人間が「物語のつくり方」を書いたことなんです。

――確かに他は「俺はこう書いている」本ですね。

新井:ええ。すばらしい実績を持つ方々が、自らメソッドを伝えている。ただ卓越した脚本家のスタイルを、実際に「自分はどう使うか」まで落とし込むのは、かんたんではありません。しかし、この本は新井一が体系化したものを、誰しも噛み砕いて理解できるようにまとめたものでしかない。ただ、だからこそ「誰でも使える」本になった自負はあります。

脚本家を目指す人だけではなく、誰でも創作についての魅力や楽しさがわかるようにしたかったと話す新井氏

――まさに、その「誰でも使える」部分が、多くの読者をとらえた理由かもしれませんね。もちろん、脚本を読むプロデューサーにとっても使える一冊になっている?

市川:そうなんです。とくに映画づくりには、プロデューサーが脚本を読んだ意見を、脚本家にフィードバックする「本打ち」の作業があります。このときに、プロデューサーがまず指摘すべきは、「物語の構造」なんですね。本にもあったように、ロジックとクリエイティブでいうと、ロジックの部分。キャラクターの所作やセリフでドラマを描くシーンの表現は、脚本家、あるいは監督のクリエイティビティに任せる面が大きい。

  しかし、構造を指摘する際には、観客の心を動かす起承転結の勘どころやベーシックな部分をつかんでおく必要がある。それがあってはじめて正しい本打ちができるし、ひいては人の心を動かす脚本、作品ができます。

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