木澤佐登志『闇の精神史』から考える、「持続可能」以外の未来像
ジャズの帝王マイルス・デイヴィスは1970年代になると、「電化マイルス」と呼ばれる活動期に入る。エレクトリック・ギターとエレクトリック・ピアノを導入した演奏やテープ編集を駆使したレコーディングなどの実験的な試み、その極北といえるのが「ヴォイスのエレクトリック化」だ。尊敬するギタリストで1970年に亡くなったジミ・ヘンドリクス。彼がギターで出していたヴォイスに近づくために、マイルスは自身の演奏するトランペットをエフェクターに繋ぎ、人工的なヴォイスを発するようになる。
マイルスも魅せられたサイボーグ的な人工音声は、テクノ・ファンク・ヒップホップなど多くのジャンルのミュージシャンを惹きつけ、現代のボーカロイド/ボイスロイドやバ美肉VTuberにも影響を見て取ることができる。もともとは第二次世界大戦中に、通信内容を秘匿するために使われていた変声装置「ヴォコーダー」。この楽器とも密接に関連する暗号技術は、暗号無政府主義を掲げる反権力的な活動家によって、ビットコインに代表される暗号通貨とブロックチェーンにも転用されることになる。
テクノロジーが社会を変革する。それは1980年代以降のカウンター/コンピュータカルチャーに属するハッカーやエンジニア、起業家にとっての共通認識だった。彼らが夢見たコンピュータ・ネットワーク上の、肉体など物理的な制約から解放された空間。その最新形に位置づけられるのが、現在のメタバースである。だが著者は仮想空間が本当にユートピアになるのかと、疑問を突きつける。たとえばVR(バーチャル・リアリティ)は、専用の機器を操作できる健康的な身体でないと空間に入ることは難しい。ユーザーの行動を監視しコントロールできる不可視のシステムが存在するメタバースも、万人に開かれた自由な場所とは言い難い。そもそもテクノロジーを支える電力などインフラも、無限にあるというわけではない。
〈よって、私たちは身体=基体=アーキテクチャ、言い換えれば下部構造をめぐる問いを回復しなければならない〉。そんな著者の問題意識を共有した上で本書を再読してみると、先人たちの思い描いたユートピアを好意的にみるか懐疑的にみるか、印象がまた変わってくるはずだ。そこからどんな未来が頭に思い浮かぶのかは、(二度)読んでからのお楽しみである。