『ろくでなしBLUES』森田まさのり、“誤字の修正”に納得いかなかった過去 優先すべきは「正しさ」か「自然さ」か

 人気漫画家・森田まさのり氏が、X(旧Twitter)上で展開している「なかったことにしたい」シリーズ。森田氏が手掛けてきた『ろくでなしBLUES』や『ROOKIES』、『べしゃり暮らし』などの人気作について、納得できていないシーンを抜粋し、自ら指摘するもので、ファンにとって日々の楽しみになっている。

 基本的には意図せず掲載に至ってしまった作画ミスや誤表記などを取り上げ、本人が「誰か気づけや!」とツッコミを入れる楽しい内容だ。一方で、漫画家としての矜持を感じるシビアな内容のポストもある。9月6日に投稿された「なかったことにしたい。その33」は考えさせられる内容だ。

 今回取り上げられたのは『ろくでなしBLUES』より、帝拳高校の輪島が、渋谷楽翠学園のNo.2で圧倒的な強さを誇っていた上山を葬る名シーン。輪島は「安心して死ね」の後、「餞(はなむけ)だ」という決め台詞を残しているが、森田氏は当初、「花向け」と表記していたという。これを担当編集者が誤字として修正したことに納得がいかない、という内容だ。

 「花向け」は確かに、よくある誤字とされる表記ではあるが、「文字も意味もこれは正しいけど、これだと輪島がこの難しい字を知ってる事になる。輪島は『花向け』のつもりで言ってるので、表記的にも文法的にも間違ってたとしてもそうしたかった」というのが森田氏の考えだ。

 輪島は留年を繰り返し、高校在学中に成人を迎えた愛すべきキャラクターで、勉強はできないが心は熱く、茶目っ気のある人気者だ。小学生が難しい言葉を発するときにひらがな表記が“正確”であるように、輪島の場合は「花向け」が自然であり、相応しかった気もしてくる。漫画のセリフは話し言葉を文字化して伝えるもので、本人がその漢字表記を認識しているか……というのはまた別の問題と捉えることもできそうだが、不自然さや違和感が生じることは確かにある。

 森田氏は2023年2月22日に公開された記事「『ろくでなしBLUES』作者 森田まさのり先生に「ヤンキー漫画の描き方」を直撃インタビュー!」(MEN'S NON-NO WEB)でもこのことに言及しており、「セリフはそのキャラが発しそうなことを言わせてるだけです。作者が納得いかないセリフを登場人物が言うときもありました。キャラによっては、セリフをかんだり、言い間違えたり、文法的におかしいところがあったりしてもいいんです」としている。

 例えば、ボクシング漫画の金字塔『はじめの一歩』の名台詞として、「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる」(鴨川源二)という言葉がある。「すべからく(〜べし/べき)」(当然そうすべき、そうしたほうがいい)は、「すべて/余すことなく」という意味に捉えられがちで、誤用しやすい言葉として有名だが、鴨川会長の意図するところはしっかり伝わっており、「誤用があるから」という理由でキャンセルされるべきでない熱さがあると言えるだろう。

 誤字・誤用の指摘は当然重要だが、本人のキャラクターにあっていれば、意図したものであれ単純なミスであれ、寛容に受け止めたい……と考える読者も多いのではないか。しかし、SNSの時代、不要なツッコミを回避する上ではより厳密な校正が求められる側面もありそうで、「意図した誤用」であっても誌面にその注釈を入れるのは無粋だという、なかなか難しい問題だ。

 いずれにしても、過去作の漢字の表記ひとつにいまもこだわる森田氏は、だからこそ、現在でもリアルな存在感がある、いきいきとしたキャラクターを生み出すことができたのではないか。

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