「人間はそもそもマルチタスクができない」今、最も売れるビジネス書作家・星渉が伝える、本当の時間の使い方
『神メンタル 「心が強い人」の人生は思い通り』などのベストセラーを次々と手がけて、累計発行部数が50万部を突破している人気作家/ビジネスコンサルタントの星渉氏による新刊『神時間力』(飛鳥新社)は、思い通りの人生を歩むための「本当の時間の使い方」を、ユニークな物語形式で伝える画期的なビジネス書だ。
「人生とは時間の投資である」「現代人は命の時間をただ大量のタスクをこなすために使っている」「ゴールなき人生の時間経過は、前進ではなく漂流である」など、思わずドキリとさせられる格言が数多く散りばめられた本書。並行して複数の物事をこなしていく「マルチタスク」や、要点や結論だけの圧縮された情報や動画の倍速視聴などで効率化を求める「タイムパフォーマンス」といった考え方とは一線を画す内容で、6月29日の刊行以来、全国の書店でビジネス書における第1位を次々と獲得するなど、話題沸騰中だ。
著者である星渉氏に『神時間力』を執筆した経緯やその狙いについて、たっぷりと語ってもらった。(編集部)
「たくさんやる」ではなく「余計なことをやらない」
星渉(以下、星):出版社の飛鳥新社さんから「時間について」というテーマで執筆のご提案をいただき、今まで書いていない内容でしたので、ぜひやりたいと思ったのがきっかけで本書を手がけることになりました。
特に伝えたかったのは、昨今は「時間の使い方が上手な人はマルチタスクだ」というイメージがありますが、ただでさえ情報が多すぎる現代において、無闇にタスクを増やすのは得策ではないということ。私自身も起業して11年で、起業家向けのコンサルティングとして623人を育ててきました。そこで見てきた各業界のトップランナーは「たくさんやる」ではなく、「余計なことをやらない」という考え方です。
この本で僕は「限られた時間のなかで多くをこなしたい」という考え方そのものに一石を投じたかった。人間はそもそも、マルチタスクはできません。たくさんのことを同時にこなしているのではなく、タスクスイッチングによって細切れにいろいろなことをこなしているだけです。そして、タスクスイッチングは脳に負担がかかっていて、非常に効率が良くないことがわかっています。生産性が低い会社員は、1日に500回もタスクスイッチングしているという話さえあるほどです。
成功者は基本的にシングルタスクで物事を処理していて、例えば大谷翔平選手は打者としても投手としても活躍する「二刀流」のイメージがありますが、彼は「世界一のプロ野球選手」を目指すという意味でのシングルタスクです。実際、大谷選手は試合後に現地の記者から「ニューヨークのどこが好き?」と聞かれて、「1回も街に出てないのでわからない」と答えていましたよね。プロ野球選手として、休息をとることを一番に考えている。結果を出すために必要なことにしか時間を使わないのが、本当の意味で時間の使い方の上手い人なんです。
――序盤から提示される「時間を投資する」という考え方は、まさに「時は金なり」という言葉を思い出させました。このアイデアは以前から持たれていたのですか?
星:提示されたテーマの段階では「時間」に関して書くというアイデアのみがあったのですが、30~50代前半の約600人に「今悩んでいること、気になること、望んでいること」のアンケートを取ってみたところ、「時間がない/忙しい」という項目はトップ3位には入っていなかったんです。結果としては、1位「漠然とした将来の不安」、2位「給料が上がらない」、3位「健康」、その次に大きく離れて4位「忙しい」でした。
そのため、ただ「時間」について書いても読者には刺さらないだろうと考えて、上位の悩みを解決できるような「時間の使い方」を提示する本にしようというコンセプトになりました。そこから、自分自身が3.11で被災した時に有限だと知った「時間」を、不安を持つ人が多い「お金」に置き換えて説明するというアイデアに結実していったのです。それは僕が経営者に教えているタイムマネジメントそのものでもあります。
――近頃、特に若年層は「タイパ=タイムパフォーマンス」を重視する傾向があると言われています。映画やポッドキャストなどを倍速で視聴して、効率を上げようとしている方もいるようですが、そのような考え方をどう捉えていますか。
星:先ほど、マルチタスクではなくシングルタスクの方が効率が良いというお話をしましたが、倍速で何かを視聴するのも、その人の人生の目的にかなっているのなら良いと思います。『神時間力』では、まず自分が本当は何をしたいのかを定めて、そこから逆算して何に時間を投資すべきか、優先順位をつけてひとつずつ達成していくことを推奨しています。また「得たい結果=投資時間×行動レベル」という公式を紹介していますが、倍速で視聴するのは行動レベルを上げることなので、例えば英語をマスターするために倍速で英会話を聞くなどは理にかなっていると言えるでしょう。
しかし、ただせわしなく「ダラダラしている時間がもったいないから」という感じで目的なく倍速で動画を観たり、複数のメディアを同時に視聴したりするのは無駄が多いし、精神衛生的にもよくないでしょうね。目的がなく漠然とタスクをこなすのは、ゴールのないマラソン大会を走るようなものですから。
――なるほど、何を達成したいのかを明確にするのが、まずは大事であると。
星:「目的意識を持て」とはよく言われますが、具体的にどうすれば良いのかを説明してくれる人は多くないはず。例えばカーナビは目的地を入力すれば、多少ルートを外れてしまっても別の道を提案してくれますよね。それと同じで、ちゃんと自分の人生の目的が明確になっていれば、現在地からのルートは自ずと見えてきます。
大切なのはゴールから目を離さず、毎日「今、自分はどこを目指しているのか?」と自問すること。お正月にその年の目標を立てる人は多いと思いますが、実際にそれを大晦日まで覚えていて実践している人は10%未満なんです。いかに多くの人が、目標を忘れて日々を過ごしているかがわかると思います。
視野が狭い人よりも広い人の方が幸福度が高い
――本書では、なかなか自分の思うように時間をコントロールできない会社員の方にとっても有益な指南が数多くありますが、一方でなぜ優秀な人ほど退職してしまうのかのメカニズムも書かれていました。
星:「優秀な人ほど会社を辞めてしまう」という話は、本当によくある話です。優秀な人は他の人より多くのタスクを消化できてしまうため、次々と新たなタスクを押し付けられるという負のループに陥り、いつまで経っても忙しくて報われないので、会社への忠誠心が低くなってしまうんです。自分のパフォーマンスに見合う結果が得られていないと感じるんですね。
その応急処置としてまず有効なのは、会社と社員のゴールや価値観を一致させること。優秀な社員が人生の目的としていることと、会社が目的としていることが近ければ、多少は忙しくても頑張れるはずです。そのためにも会社側は「今、あなたが投資している時間は得たい結果につながっている」と認識させてあげるのが大事ですし、会社員にも自ら「その会社の好きなところを探す」姿勢が求められます。
例えばサッカーが好きでそのスポンサー会社に勤めている人なら、エクセルでの資料作りをする際に「このデータで売り上げに貢献すれば、選手が補強できてチームの優勝に近づくかもしれない」という捉え方をする。そうなれば、同じ時間の使い方でも意識は変わりますよね。
「ウェル・ビーイング(幸福)」の研究によれば、視野が狭い人よりも広い人の方が幸福度が高いそうです。単純な事務作業でも「このデータ入力が上司のプレゼン資料につながって、そこから新しい仕事が生まれて、笑顔になる人がいる」と考えられる人の方が強い。
――本書は対話形式で物語が展開していくのも特徴です。この形式にした理由は?
星:僕は毎回「自分の代表作を作る」という目標を立てて本を書いていて、執筆や後日のマーケティングも含めて、これまでに行ってきたことはすべて実践し、なおかつ新しい挑戦をするというルールを自分に課しています。そこで、何ができるのかを考えていたときに、担当編集者が僕の「いつか小説を書きたい」という目標を覚えていてくれて、物語形式での執筆を提案してくれたんです。
また、TikTokやYouTubeなど数多くのコンテンツが溢れている中で、僕の本に時間を使ってもらうには、一つのエンタテインメントとして成立する本を作らないといけないと考えたことも大きいです。ビジネス書として知識を伝えるだけではなく、ストーリーも魅力的なものにしたかった。ただ、どんな展開にするのかは、編集者と著者の間でのバトルがたくさんありましたね(笑)。チームで一つのものを作り上げるのは夫婦関係に近いところがあって、表面的なコミュニケーションだけじゃなく、腹を割って話すのも必要だと思い、お互いに遠慮なく言い合うように心がけました。
――具体的にどんなやりとりを?
星:登場人物である会社員の(青井)春香のセリフに関しては、編集者からのアドバイスが多く反映されています。先生であり、実は時間の神である黒野の教えに対して「わかりました!」と春香が答えるシーンがあったのですが、編集者から「世の女性はそんなに単純ではありません」と指摘されました。そこで春香が「そうは言っても本当にできますか?」と疑問を投げかけるシーンに変更したりしました。僕の周辺の方々は「イエス/ノー」がハッキリした経営者が多いので(笑)、そういう助言はかなり参考になりました。
実際、読者からは「春香が自分たちの意見を代弁してくれるから理解しやすい」という声が届いています。一般的なビジネス書だと著者のノウハウを一方的に教えられるだけなので、そこに共感は起きづらい。でも本書の場合は、春香の「共感できる疑問」があって、それに対して黒野が丁寧に答えてくれるから腑に落ちると。これは僕にとって発見でした。本作を執筆したことによって、作家としての筆力も向上したなと感じています。