木澤佐登志による絓秀実評:「一九六八年という亡霊」『絓秀実コレクション2』特別寄稿より

 思想や哲学、芸術など諸ジャンルを横断し、斬新な論考を多数発表してきた批評家、絓秀実。このたび、これまでの評論を総括的に纏めた新刊『絓秀実コレクション1 複製の廃墟──文学/批評/1930年代 』『絓秀実コレクション2 二重の闘争──差別/ナショナリズム/1968年』(発行:株式会社blueprint)が7月4日に発売された。

 三島由紀夫や花田清輝らに関する初期文学論から、1968年をめぐる社会運動・政治思想論、さらには映画、歌謡曲、B級グルメなどの風俗エッセイまで、これまで絓秀実は対象をつねに「いま」論じるべき意義から問いなおし、ポレミカルな批評=批判として表現してきた。

 『絓秀実コレクション』では両巻ともに絓秀実の思想に通暁した批評家や思想家、編集者などの識者による特別寄稿を掲載している。そこで今回は『絓秀実コレクション2』より、著述家である木澤佐登志による特別寄稿「一九六八年という亡霊」の一部を抜粋してお届けする。(編集部)

「亡霊として生を謳歌する一九六八年」

 一九六八年は終わっていない。それは今も一匹の亡霊のように 世界を徘徊している。

 一九五六年のスターリン批判にはじまり六八年の学生闘争にお いて世界的ピークに達する一連のムーブメントとしての一九六八 年。日本においてはいまだに七二年の連合赤軍事件を象徴とする「内ゲバ」による自壊、といった「挫折」のイメージとして語られ ていたそれを、リベラリズム=戦後民主主義批判として再定義し、 世界的規模で生起していた同時代的な革命の布置の中に置き直した上で、「一九六八年は「勝利」し続けている」と指摘してみせたのは、言うまでもなく『革命的な、あまりに革命的な』における絓秀実である。

 もちろん、その「勝利」なるものは逆説的かつアイロニカルなものだ。絓によれば、革命としての六八年は、「戦後」によって抑圧された三〇年代ーー「転向」「近代の超克」、そして「ファシズム」ーーの思考の回帰でもあったという。

 だからそれは、三島由紀夫のような三〇年代における「(反)革命のイコン」もまた回帰してくることを意味している。たとえば、英国の(反)哲学者ニック・ランドはバタイユ論『絶滅への渇望』の中で、ヒューマニズムと民主主義に根ざした近代的な諸価値に対する苛烈な攻撃を行っているが、やはりそれも三〇年代保守革命の回帰であると同時に六八年の継続であることを示している。周知のように、加速主義はドゥルーズ&ガタリの書物から胚胎し、三島由紀夫はバタイユの愛読者であった。暗黒啓蒙と暗黒舞踏は国と時代を超えて共振し合う。

 グラムシのヘゲモニー理論に学んだニューレフトのイデオロ ギー戦略は、現在ではオルタナ右翼のミーム戦略に取って代わられている。たとえば、フランスにおける新右翼(ニューライト) の主要プレイヤーである政治哲学者アラン・ド・ブノワは、「右翼グラムシ主義」を標榜し、情報メディアなども活用しながら広報に努めていた。ブノワはロシアの新ユーラシア主義兼ポストモダン右翼を代表するアレクサンドル・ドゥーギンにも好んで引用されるなど、現在のオルタナ右翼やQアノンに見られる、オンラインを駆使した情報戦略に明らかに影響を与えている。

 そう、六八年は勝利し続けている。六八年は、右派イデオローグやネオリベラル資本主義に取り憑くことで、言い換えれば左派の敗北によって、その亡霊としての生を謳歌しているのである。

続きは「絓秀実コレクション2 二重の闘争──差別/ナショナリズム/1968年」特別寄稿にて

■書籍情報
「絓秀実コレクション1 複製の廃墟──文学/批評/1930年代」
著者:絓秀実
特別寄稿:吉川浩満、金子亜由美、住本麻子
発売日:2023年7月4日
価格:5,500円(税込価格/本体5,000円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:A5判/721頁
ISBN:978-4-909852-42-7
購入はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/646748326b7c3d004188e86e

「絓秀実コレクション2 二重の闘争──差別/ナショナリズム/1968年」
著者:絓秀実
特別寄稿:外山恒一、木澤佐登志、綿野恵太
発売日:2023年7月4日
価格:5,500円(税込)
判型/頁数:A5判/819頁
ISBN:978-4-909852-43-4
発行・発売:株式会社blueprint
購入はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/6467497f51153c007a529479

「絓秀実コレクション1 複製の廃墟──文学/批評/1930年代」目次

■第一章  メタクリティーク(正しい表記はメに×)
ナルシスの「言葉」── 中上健次論
「母の力 ──『 鳳仙花』を読む
偶数と奇数 ──『千年の愉楽を読む
家=系の破壊──小島信夫論
いろはにほへと── 深沢七郎「みちのくの人形たち 」を 読 む
倫理・教育・物語 ── 尾辻克彦論
[大岡昇平論] 言葉という影へ
母という歴史

■第二章  青春の廃墟
「私小説」をこえて ── 小林秀雄と安岡章太郎
悲惨さの方 へ ── 書くこと、そして読 むこと 、あるいは批評のためのメモ 、ではなく... …
[三島由紀夫論] 死刑囚の不死
複製技術時 代のナルシス
[中村光夫論 ] リアリズムの廃墟
極言の言葉
[平野謙論 ] プティ・ブルジョア・インテリゲンツィアの背理
フィクションとしての人民戦線
「 死者の形而上学 ── 昭和十年前後と戦後文学の「 理 念 」
媒介者というファシスト / 無媒介の運動 ── 林達夫と花田清輝
先駆者・中村光夫
道化のような「死者の肖像」

■第三章  書くこと=自己意識
自己意識の覚醒──昭和文学の臨界
[横光利一論] 「純粋小説論」まで
『上海』まで
書く「機械 」
探偵のクリティック ── 批評の系譜
貴種流離のパラドックス ── 磯田光一と「昭和」
柄谷行人──恋愛の主題による変奏

■第四章. 小説/ジャーナリズム
「純文学 をもこえて
現代小説の布置 ──「永山則夫問題 」の視角から「メディア」が透明でなくなった時 ── ナショナリズムとジャーナリズム
異化するノイズ ── 中上健次『奇蹟 』を読む
小説を書かない小説家──作家ビートたけしの諸問題
探偵=国家のイデオロギー装 置
今日のジャーナリズム批評のために── 小林秀雄と大西巨人
歴史修正主義の基本構造
ポスト「近代文学史」をどう書くか ? ──「元号」と「世代」をこえて
国民の「俗情」は「痛み」を回避する
「純文学」を必要としているのは誰か
「過激派」気質
「おばさん」という記憶/忘却装置 ── 金井美恵子『軽いめまい』
田村隆一に逆らって
「文学場」の変容 ──「批評」と「研究」の闘争を提起する

「絓秀実コレクション2 二重の闘争──差別/ナショナリズム/1968年」目次

■第一章 文学のナショナリズム
文芸時評は「国民的象徴」である
再現の現前という虚構
言葉における夢と記憶
ファロクラシーの異化と同化
有機化=全体化の幻
「鬱」とナショナリズム

■第二章  性の隠喩、その拒絶
[稲垣足穂論]前衛と遅れ
性と死1
「喪失」の自明性──フェミニズムと文学
性の隠喩、その拒絶──中上健次の『紀州』以降1マイノリティーに「なる」こと──『中上健次発言集成』
クイアーな「快楽」を求めて──日本的美学とフーコー
「少女」とは誰か?──吉本隆明小論
俳句(=男性原理)におけるフェミニズムの系譜
津島佑子『光の領分』解説
アイデンティティ・ポリティクスの転移

■第三章  天皇制という享楽
享楽と脱魔術化──見沢知廉『天皇ごっこ』
井上ひさしと天皇制──『紙屋町さくらホテル』をめぐって

■第四章. 二重の闘争
二重の闘争──筒井問題と全共闘運動を結ぶもの
「こんなもの」に過ぎぬ読者と話者の関係──『女ざかり』(丸谷才一)
闘争としての「言葉狩り」──『水平運動史研究』(キム・チョンミ)
マンガのゴーマニズム──『ゴーマニズム宣言』(小林よしのり)
「超」言葉狩り宣言
マイノリティ運動の「方向転換」を論ず──筒井康隆『文学部唯野教授』批判、その他
完璧な罵倒語は存在しない

■第五章  歴史/年
「(最後の)小説」は冷戦後をどう生きるか──「サリン―オウム」事件と大江健三郎『燃えあがる緑の木』
闘争という「社交」──「サリン―オウム」・言論・学生運動
メディアと「政治」
「歴史」を捏造する戦後民主主義──アイデンティティー・ポリティクスとイメージ批判
私が「それ」である──村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』
アジアは「もの」である
丸山真男という「呪物」──「戦後」を回避した戦後思想の首領
その「許し」に安堵するのは誰か──加藤典洋『敗戦後論』批判
江藤淳と「われらの時代」
「神の国」における民主的統治形態
当事者中心主義の彼岸
書物=文化の「崩落」

■第六章  階級としての大学問題
教育の大衆化と大学
『学問のすゝめ』は大衆社会でも有効か?
そのために死にうる「国家」
ゾンビの共同体
「金利生活者としての学生層
国民皆兵・家・義務教育
「男らしさ」のディレンマ

■第七章  風俗のポリティクス
ファシズム・レトロ・ポストモダン
田中角栄と廃墟のコミューンへの欲望
「裸で出直す」倉田まり子のフェミニズム
家庭の崩壊が生み落とした豊田商事事件
阪神の優勝はフランク永井を自殺に追いこんだ
ボーヴォワールとニャンギラス
土井社会党を再生させるたったひとつの方法
ナッパ服のプライドと国労分裂

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