『鬼滅の刃』“霞柱”時透無一郎はなぜキレたのか 壮絶な過去と兄・有一郎の言葉を振り返る

※本稿は、『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴/集英社)のネタバレを含みます。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)

 テレビアニメ『鬼滅の刃 刀鍛冶の里編』の第八話にて、霞柱・時透無一郎の壮絶な過去が明らかになった。

 時透無一郎は、政府非公認の鬼狩りの組織「鬼殺隊」剣士の最高位――「柱」の1人である(「霞の呼吸」の使い手であるため、「霞柱」と呼ばれている)。

 また、凄腕の“剣客”ぞろいの柱たちの中でも、音柱・宇髄天元をして、「刀を握って二月で柱になるような凄ェ奴」といわしめるほどの天才だが、実はある“事件”がきっかけで、過去の記憶がすっかり抜け落ちている(それだけでなく、ふだんの生活においても、瑣末なことは次々と忘れていくようだ)。

 そんな彼の過去にいったい何があったのか。本稿では、そのことをあらためて振り返ってみたいと思う。

竈門炭治郎との価値観の違い

 原作の第102話(第12巻所収)――刀鍛冶の里で、「縁壱零式」(戦闘訓練用のからくり人形)の整備を担当している少年・小鉄に向かって、無一郎が冷たい言葉を放つ場面がある。「柱の時間と君たちの時間は全く価値が違う。少し考えればわかるよね? 刀鍛冶は戦えない。人の命を救えない。武器を作るしか能がないから」

 この言葉に対し、偶然その場に居合わせていた主人公・竈門炭治郎はこう“反論”する。「刀鍛冶は重要で大事な仕事です。剣士とは別の凄い技術を持った人たちだ。だって実際、刀を打ってもらえなかったら、俺たち何もできないですよね? 剣士と刀鍛冶はお互いがお互いを必要としています。戦っているのはどちらも同じです。俺たちはそれぞれの場所で日々戦って――」

 しかし、無一郎には炭治郎の想いはまったく通じず、「くだらない話につき合ってる暇」はないといって、さっさとその場を離れるのだった。

 これでは、いくら正義の側の主要キャラの1人であったとしても、読者の共感を得ることはできないだろう。だが、やがて勃発する上弦の鬼「玉壺」との戦いの中で、無一郎は自らの辛い過去を思い出し、それを乗り越えていく姿を見た読者の多くは、きっと彼のことが好きになるはずだ。

人は誰かのために信じられないような力を出せる生き物

 きっかけは、その戦いが始まる少し前に、炭治郎が無一郎にいった、「人のためにすることは結局、巡り巡って自分のためにもなっている」というなにげないひと言だった。実は、これはかつて無一郎の父がいった、「人のためにすることは、巡り巡って自分のためになる。そして、人は自分ではない誰かのために、信じられないような力を出せる生き物なんだよ」という言葉とほぼ同義であり、そのことを彼は戦いの中でようやく思い出したのである。

 ちなみに、記憶を完全に取り戻す直前の無一郎は、玉壺の血鬼術が生み出した「水獄鉢」によって動きを封じられていたのだが、彼を助けようとした小鉄少年が、傷つきながらも「鉢」の中に息を吹き込んでくれたことで、「呼吸」の力を取り戻すことができたのだ。これを、「人が誰かのために出した信じられないような力」といわずして、何をいうのだろう。

 さらに無一郎は、父だけでなく、母と、双子の兄・有一郎の存在をも思い出す。

 もともと時透家は、山の中で暮らす杣人(そまびと/木こり)の一家だったのだが、ある時、母が病(やまい)を悪化させて死に、父もまた、母のための薬草を探しに出かけた際に崖で足を滑らせ、命を落としてしまう。

 残された双子の兄弟は父の仕事を継ぐが、なぜか兄の有一郎は日に日に無一郎に冷たく当たるようになり(むろん、それは弟を守るための厳しい態度だった、ということがのちにわかるのだが――)、2人はほとんど口を利かない間柄になる。

 と、そんな時のことだった。ある夜、突然、鬼が家に侵入してきたのは。

 鬼はまず、有一郎の左腕を弾き飛ばす。木こりにとって、最も大事な体の一部だ(アニメ版では、有一郎は無一郎をかばう形で腕を失う)。

 重傷を負い死にゆく兄と、怯える弟に向かって、鬼はいう。「どうせお前らみたいな貧乏な木こりは、何の役にも立たねぇだろ。いてもいなくても変わらないような、つまらねぇ命なんだからよ」

 その言葉を聞いた瞬間、本来は心優しい少年であるはずの無一郎の中で何かが弾け、激しい怒りにかられた彼は、無我夢中で鬼の体を切り刻むのだった(やがて鬼は、昇ってきた日の光を浴びて絶命するが、無一郎はその後、過去の記憶を失うことになる)。

 それにしてもなぜ、無一郎はこの時、(剣術も呼吸法も身につけていない状態で)鬼を倒すほどの強い力を出すことができたのだろうか。たとえば、これはのちにわかることなのだが、彼はある伝説的な剣士の子孫であり、つまり、剣の才能はもともと“血”の中で受け継がれていた、という見方もできよう。また、日々の樹木を伐採する作業の中で、知らず知らずのうちに“刃物の使い方”を極めていた、といえるかもしれない。

 だが、たぶんそうしたことはあくまでも二次的な要因に過ぎず、無一郎があの晩、驚異的な力を出して鬼を倒せた最大の理由は、鬼のいったひと言が、彼の最も痛い所を突いていたからなのだと私は思う。

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