「ガーシーの涙は嘘泣きではない」 物議を醸すガーシー本『悪党』著者に訊く、その人柄

 ガーシーがいかにして暴露系YouTuberになったのかを、本人や周縁の人々への取材をもとに著したノンフィクション『悪党 潜入300日 ドバイ・ガーシー一味』が、3月17日の発売以降、物議を醸している。ドバイにいるガーシーの周縁の人物たちについて、すべて実名で書かれていること。本書刊行の前後にガーシーが参院本会議で除名処分を受け、さらに逮捕状が出されたこと。著者の伊藤喜之氏が元朝日新聞ドバイ支局長で、在職時に執筆した記事を掲載したこと。さまざまな論点を含んだ本書は、ガーシー騒動とともに衆目を集めているのだ。著者の伊藤喜之氏に、本書を著した理由やガーシーの人となりについて話を聞いた。(松田広宣/3月30日取材・構成)

ガーシーは本当に動揺していた

伊藤喜之氏

ーー本書に書かれているのは2023年1月くらいまでのことで、ガーシーがいかにしてドバイで仲間を作り、暴露系YouTuberとなったのか、またその人となりがどんなものなのかを、既存の報道とは異なる切り口で描いています。発売前後には、ガーシーに逮捕状が出たり、実家が家宅捜索されたりと、さらに状況が変化しました。今の状況をどう見ていますか。

伊藤:正直なところ、逮捕状が早すぎると感じました。ガーシー氏が参院本会議で除名処分を受けたのが3月15日、逮捕状はその翌日に出ているので、警察は待ち構えていたのでしょう。ただ、ここまでの流れは予想の範囲内だったはず。ガーシー氏をドバイに呼び寄せた人物にも旅券法違反での逮捕状が出ていますが、逮捕はされていませんので、ガーシー氏はそうした先例も踏まえて淡々と対処する予定だったと思います。しかしながら、警察が母親の住む実家に家宅捜索を行ったのは驚いたようです。家宅捜査されていることが判明したのはドバイでは未明でしたから、起きがけに連絡を受けてパニックになって涙を流す、あのような動画になったのでしょう。嘘泣きという人もいましたが、あれは本当に動揺していたと思います。警察は現状、揺さぶりをかけるくらいしかできないため、今回の家宅捜索のようなやり方は今後も行われる可能性がありそうです。

ーーガーシーの周辺には、動画投稿サービスFC2創業者や、インフルエンサーマーケティングで脚光を浴びた元ネオヒルズ族、元Fear, and Loathing in Las Vegasのギタリストで後にガーシーの公設第一秘書となった男性など、日本社会で何かしらの不始末などを起こして居づらくなった人々が集まっています。彼らを取材しようと思ったのは何故でしょうか。

伊藤:もとはといえば、大学時代に歌舞伎町の研究をしていて、2004年に石原慎太郎都知事が歌舞伎町浄化作戦を行ったことでどんな変化があったのかを調べたのがきっかけとなり、社会のグレーゾーンにいる人々に関心を持つようになりました。歌舞伎町は徹底的にクリーン化しようとした結果として、街の活気が失われてしまったところがあります。もちろん、歌舞伎町では悪いこともたくさん行われてきたので、それを肯定するつもりはないのですが、家庭環境などの事情によってグレーな世界に身を投じてしまう人はいつの時代にもいるわけで、ある程度はいかがわしいものを許容する社会の方が健全ではないかと考えるようになりました。その後、朝日新聞大阪社会部で働くことになり、暴力団員や覚醒剤の密売人などを数多く取材してきました。暴力団員らが犯罪を犯したら、それはもちろん取り締まって罰するべきです。しかし行き場のない人々にとって最後の拠り所となっていたのも事実なので、それを複眼的な視点で報じるのもまたジャーナリストの仕事ではないかと考えています。社会の周縁にいる人々を取材するというテーマを持っている私にとって、ガーシー氏らの一連の動きは興味深く、公益性という観点から見ても報じる価値があると思いました。

ーー本書では、ガーシーの本性は結局のところ「わからない」としつつも、一部の人々を惹きつけていることも描かれています。

伊藤:今回の本のタイトルを『悪党』にしたことについて、実は周囲の方々から苦言を呈されたことがあったんです。ガーシー氏自身は悪党を自称しているし、世間のイメージを自ら体現しようとしているところもある。だけど、周囲にはまったく悪党ではない人もいるわけで、このタイトルでカバーに写真が使われたら誤解されるだろうと。それはその通りで、思慮が足りなかったと思い、私はその方々に謝罪したんです。そうしたらガーシー氏は「〇〇さんは悪党ちゃうで。大悪党やから大丈夫や」と言って、気まずい雰囲気を笑いに変えてしまった。良くも悪くも無垢というか、真っ直ぐなところがあって、場の空気をさっと変えることができるところがある。それを魅力に感じる人はいるでしょう。

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