文豪ストレイドッグス、名探偵の生まれる夜、標本作家……実在の文豪が活躍するフィクション3選

朝霧カフカ、春河35『文豪ストレイドッグス(1)』(KADOKAWA)

 近代の文豪を、物語の登場人物としてコンテンツ化するのに、こんな方法があったのか! と、驚かせてくれだのが、朝霧カフカ原作、春河35作画の『文豪ストレイドッグス』だった。中島敦、芥川龍之介、太宰治など、実在した文豪と同姓同名のキャラクターが、それぞれの文豪のペンネームを冠したものや、作品にちなんだ異能力により戦いを繰り広げるアクション漫画である。アニメ化もされているので、ご存じの人も多いだろう。とにかく、とんでもない作品だ。

 歴史上の人物を題材にしたエンターテインメント作品は無数にある。その中で、もっともコンテンツ化しているのは、戦国武将の織田信長だろう。数々の魅力的なエピソード、強烈なキャラクター、天下統一を目前にしての劇的な死などにより、膨大なファンを抱えている。しかも単に主人公に選ばれるだけでなく、実は吸血鬼、実は女性、実はタイムスリップした現代人など、さまざまな設定を加えられ、好き放題に弄られているのだ。

 信長に次いでコンテンツ化されているのが、幕末の新選組だ。こちらも新選組の隊士が異能力を持っているなど、いろいろと弄られている。また、箱館戦争で死んだはずの土方歳三が、ひそかに生き延びていたという作品も少なからずある。信長や新選組が、このように自由に扱われているのは、やはり一定以上の時間が過ぎ去っているからだ。歴史上の昔の人物という共通認識があるため、コンテンツ化しやすいのだ。

 これに対して近代の文豪は、ちょっとコンテンツ化しにくい。なぜなら彼ら彼女らが生きていた時代が、まだ現代と近いからだ。遺族感情にも配慮する必要がある。史実に沿った歴史小説は別にして、好き放題にコンテンツ化するのは難しいのだ。

青柳碧人『名探偵の生まれる夜 大正謎百景』(KADOKAWA)

 とはいえ、文豪を含む近代の実在人物を自在に扱った作品がないわけではない。山田風太郎の『警視庁草紙』から始まる一連の“明治もの”によって切り拓かれ、幾つもの作品が生れているのである。その最新の成果が、青柳碧人の『名探偵の生まれる夜 大正謎百景』だ。早稲田の学生の平井太郎(後の江戸川乱歩)が、私立探偵の岩井三郎から入社の課題として、行方不明になったインド独立活動家のラス・ビハリ・ボースを捜すようにいわれる「カリーの香る探偵譚」や、芥川龍之介が原稿依頼をしてきた鈴木三重吉の話から、ある人物の意図を見抜き、それが某名作の誕生へと繋がっていく「名作の生まれる夜」など、八篇が収録されている。

 その他の作品でも、文豪が次々と登場。意外な人物との組み合わせもあり、バラエティ豊かな物語が楽しめた。文豪をミステリー世界のコンテンツとして、巧みに使用したミステリーなのである。

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