『2022年日本語ラップの旅』『シスタ・ラップ・バイブル』『日本語ラップ名盤100』……2022年のヒップホップ/ラップ本 3選
音楽ライターの二木信が、2022年に刊行されたヒップホップ/ラップ本の中から、特に注目したい3冊をピックアップして紹介する。
R-指定『2022年日本語ラップの旅――Rの異常な愛情VOL.2』(白夜書房)
本書は、ラッパーのR-指定が日本語ラップについて語ったトーク・イベントをまとめたものだ。2019年に刊行された『Rの異常な愛情――或る男の日本語ラップについての妄想――』につづいて聞き手/構成はライターの高木“JET”晋一郎がつとめ、2020年から2022年にかけて雑誌『BUBUKA』に掲載した記事に加筆された。R-指定が巻末のCHICO CARLITOとの対談で放つ「日本語ラップの呪い」という言葉が示唆的だ。これは「日本語ラップの押韻の呪縛」と言い換えることができる。R-指定が本書で、押韻=ライミングの妙技の解説、その仕掛けの解読に異様なこだわりと、まさに異常な情熱をみせるのは押韻こそが日本語ラップの最強の呪文であるという認識に立っているからである。
そして、ZEEBRA、自身も所属する梅田サイファー、ケツメイシ、韻踏合組合、DABOの5組が取り上げられる。例えば、ZEEBRAの初期の代表曲「I`m Still No.1」の冒頭の数小節のセルフ・ボースティング(自己顕示)における「返し韻」や「返り韻」と呼ばれる技術が、いかに音楽的なグルーヴの持続力につながるかを指摘する。さらに、2000年から活動を開始した、R-指定の地元でもある大阪の重要グループ、韻踏合組合の革新性についての独自の解釈を披露する。彼らの上の世代のラッパーたちが「韻は単なるダジャレ」という揶揄や偏見との闘いのために詩的センスを磨いたのに対して、韻踏合組合は「ダジャレで何が悪い? ラップとして面白くてカッコよければいい」と開き直り、逆説的に新たな地平を切り拓いた。要約すると、R-指定はそう評す。面白い。そんな本書における美意識は、文筆家のつやちゃんの「チャラさを技術や才能を使って積み上げていくことで、チャラくなくなってくる」というヒップホップのエッセンスの捉え方とも通じている。いずれにせよ、読めばますます日本語ラップを聴き込みたくなる一冊だ。
クローヴァー・ホープ 著/押野 素子 訳『シスタ・ラップ・バイブル ヒップホップを作った100人の女性』(河出書房新社)
昨年、前述したつやちゃんが、『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』を上梓した際、本サイトにてインタビュー(https://realsound.jp/book/2022/05/post-1012716.html )を行った。同時期に刊行されたのが女性のラッパーの歴史を振り返ることでアメリカのヒップホップ史の再編を試みた書籍の邦訳。『ラップ・イヤー・ブック』(2017年/DU BOOKS)と同じシリーズの一冊だ。著者のクローヴァー・ホープは00年代中盤からライター/編集者として仕事をはじめ、NYのブルックリンを拠点に活動する。何百人ものラッパーにインタビューしている経験豊富な人物で、ビヨンセやジャネット・ジャクソン、ニッキー・ミナージュらの特集記事も執筆してきた。これは彼女の初の著書(原著は2021年)で、翻訳を手掛けたのは信頼の押野素子。ちなみにホープは、今年1月にはアメリカの音楽メディア「Pitchfork」で、リアーナのスーパーボウルのハーフタイムショーの記事を書いている。
本書は「女性ラッパー」という概念を作ったと主張するロクサーヌ・シャンテの逸話や「女性ラッパー第一号は?」という問いから始まり、カーディ・Bやリゾらの紹介でクライマックスを迎える。つまり、70年代後半、80年代前半から現在までの歴史だ。90年代中盤以降にリル・キムとフォクシー・ブラウンが始めたセクシャルな路線の考察や、カニエ・ウエストよりも早い、ラップ界における「ハイファッション系インフルエンサー」はイヴであるという指摘などもじつに興味深い。アカデミー賞候補作にもなった『13th -憲法修正第13条』の監督のエヴァ・デュヴァネイがかつてラップをしていたなんてことも書かれている。そうした著者の豊富な知識でぐいぐい読ませる。ふんだんなイラストも素敵だ。そしてさらに本書が素晴らしいのは、華々しい成功や偉業だけに焦点を当てていない点だ。ショウビジネスのマーケティングやイメージ戦略と自身の表現とのあいだで葛藤し苦しんだ女性たちの声も紹介する。意にそぐわない肌の露出を求められたり、男性プロデューサーの思惑に翻弄されたりする中で、将来を期待されながらも、男性中心主義に抵抗してヒップホップ業界を去った才能がいた史実も誠実に描き出している。