橘ケンチ、日本酒500本テイスティングに挑戦した理由 「圧倒的な情報量の書籍にしたかった」

 EXILEのメンバーでありながら、今や日本酒業界でも屈指のインフルエンサーとしても知られる橘ケンチが著書『橘ケンチの日本酒最強バイブル』(宝島社)を1月27日に刊行した。本著には自身がテイスティングした500銘柄を超える銘柄のデータベース、酒蔵への取材レポ、コラム、マメ知識などた収録。「最強バイブル」の名前に違うことのない、情報量の多さには舌を巻くばかりだ。

 読者はビギナーから玄人まで、地域は日本の西から東まで、どこを取っても“分厚い”本著。高密度な内容をアーティスト活動と並行して生み出すバイタリティやモチベーションが何だったのかも気になるところだ。今後の日本酒本のマスターピースになるかもしれない、この大著を生み出した橘本人に話を聞こう。

これ1冊で美味しい日本酒はだいたい網羅できる

――重厚な仕上がりに驚きました。本著は日本酒の入門者にとっても、酒屋に置いてあっても有益だと思います。

橘ケンチ(以下、橘):一家に1冊、飲食店や酒屋に1冊という感じでお願いしたいですね(笑)。これ1冊で美味しい日本酒はだいたい網羅できるはずですから。ビギナーから玄人まで、様々な方に楽しんでもらえるように作ったつもりです。日本酒と関わるプロジェクトは、業界全体にとっても追い風になるようにとの想いでずっと続けてきました。今回の1冊が書店に並べば、今まで目に留まらなかった方々に届く可能性もありますし、さらに広がるんじゃないかなと楽しみです。

――出版の経緯も教えてください。

橘:日本酒のお仕事を始めたときから、いつかは本としてまとめたいなと思っていたんです。少しずつ準備するなかで、最終的に宝島社さんとご一緒することが決まりました。ページ数少なめで写真多めのお洒落な仕上がりにすることもできたのですが、個人的にはもっと実用的で知識や情報の濃い、日本酒好きの道しるべになるような内容にしたかったんです。

 本作りをするにあたって、同じく日本酒について書かれた本を読んでみたところ、どれも素晴らしかったので、逆に「これらの本と匹敵する内容にするには、圧倒的な情報量の書籍にすればいいんだ」と考えました。その説得力を持たせるために必要なのは500銘柄かな、と僕から提案しました。当初から紹介する銘柄はちゃんと自分でテイスティングすると決めていましたから……あとはもう気合ですね(笑)。

――試飲するのも大変ですが、500銘柄ピックアップするのも大変だったのでは?

橘:すべての蔵にご協力いただきまして、IMADEYAさんの物流センターのような場所の一角に全ての銘柄を集めました。そこで3日間、朝から晩までテイスティングです。口に含むだけで飲まないから酔いませんが、だんだん舌が鈍くなるので感覚を維持するのに一苦労でした。コツはないので本当に精神力。最後は気持ちが折れないかどうかです。

――銘柄1本1本にレビューされていますが、どれも違うボキャブラリーで解説されているのが驚きでした。

橘:自分の引き出しの数に関わってきますね。テイスティングの初日だけ銀座レカン・シェフソムリエの近藤佑哉さんに参加していただき、IMADEYAさんのスタッフさんと僕を含めた3人で舌の感覚を確認/調整しました。これで一般的なものさしに自分の舌を合わせられたと思います。それにしても近藤さんのコメントの引き出しは半端じゃないですよ。「この味をこう表現するんだ!」と学ばせてもらうことばかりでした。

 極論すれば、日本酒って「甘い」とか「辛い」で言い切れるじゃないですか。それをいかにワインのソムリエさんが品評するような「あんずの香りがして深みがあり、少しビターなチョコのような味わい」といった飲む人のイメージを広げる表現にできるかが大切。それを踏まえて、残りの2日間は想像力を膨らませながらコメントしていきました。初日が一番大変でしたが、テイスティングを続けるうちに「舌が進化しているな」と自分でも感じる瞬間がありました。

――「特にこれ!」というような銘柄はありましたか。

橘:赤磐酒造『桃の里』はめちゃくちゃ美味しかったです。少し濁っていて微発泡ですが、初めて飲んだインパクトがすごい。鮮明に覚えていますね。

――本書は地方別にカタログ化されています。改めて各地の特色などを教えてください。

橘:昔から東日本は「上品で辛口、キレがいい」、西日本は「ボディと甘味が強くて、ふくよか」とざっくり分けられてきました。それに加えて僕が感じたのは、各地域の食べ物と合わせたくなるような印象。技術的な設備が揃っていれば、どこでも美味しいお酒は作れますが、やはり地域性は根強いですね。岐阜のお酒を飲んでいるとジビエが食べたくなったり、新潟なら淡麗辛口みたいなお酒が多いですし、その地域に住んでいる人の舌の感覚で作られているなと思います。

 でも考えてみれば、現地で生まれ育ち、現地の食べ物を食べた人が美味しいと感じるお酒と料理が合わない訳がない。それに日本酒は昔から作られていて、現在の酒蔵も江戸時代から続くものがあるほど長い歴史があります。変化と進化を繰り返しながら今の形に至っているんです。だから、酒造りには脈々と土地を表す何かが宿っています。

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