『釣りキチ三平』漫画家・矢口高雄を偲ぶ 妻・勝美との絆であった「ロレックス」物語

巨匠の腕元で輝くロレックス

  『釣りキチ三平』などのヒット作を生み出した漫画家の矢口高雄を生前に取材した時、腕に輝くロレックスのデイトジャストが印象的だった。矢口は、この腕時計がよほどのお気に入りだったに違いない。パーティーに出席したときも、インタビューを受けるときも肌身離さず愛用していた。「横手市増田まんが美術館」で上映されている映像にも、この腕時計を着けて三平の絵を描く矢口の姿があった

 デイトジャストといえば、ロレックスが1945年に発表した腕時計の傑作のひとつで、ドレスウォッチの定番でありながら、100m防水を備えたタフな腕時計である。つまり、三平クン並みのハードな釣りをする場面で使っても問題ないし、渓流の鮎釣りで万が一川に落としても大丈夫だ。ロレックスの王道中の王道といえる名作は、カジュアルでも、パーティーなどの場面でも使える万能選手といえる逸品である。

 矢口がこの腕時計を選んだのはなぜだろう。気になった筆者は矢口家に取材を申し込んだ。すると、このデイトジャストは、妻の髙橋勝美(80)が矢口に贈ったものだと判明した。勝美は『釣りキチ三平』のユリッペや、『かつみ』のかつみのモデルになった人物として知られる。筆者は矢口邸を訪問し、インタビューを行った。

妻の勝美がモデルになった矢口高雄の漫画『かつみ』

矢口高雄とロレックスのエピソード

――勝美さんが矢口先生にこのロレックスを贈ったのは、いつのことですか?

勝美:結婚40周年の記念に、自由が丘駅前の一誠堂で買いました。20年前、2003年くらいだったかな。私も“いなかっぺ”だから、ブランド品は知らなかったけれど、かっこいいんだよね、この時計はね(笑)。一誠堂に2人で行って、私が「これどう?」とすすめて、すぐに決まりました。それで、終わり(笑)。

――なんと! 即断即決だったんですね。

勝美:夫は物欲がなかったし、ブランド品なんてまったく興味がなかったですね。でも、私が勧めたのだから、いいと思ったのでしょう。結構気にいってずっと着けていました。お風呂に入るときにも着けていましたし。

――まさに肌身離さず、といった感じですね。

勝美:ただ、これは(機械式腕時計なので)着けていないと止まるでしょ。夫はその頃はだいぶ腰を痛めてしまって、歩くのもままならなかったので、座って一生懸命竜頭を巻いていました。一回、時計が止まってしまい、壊れたと思って一誠堂に持っていったことがあります。そしたら、巻き上げが不足していただけで、壊れていなかった(笑)。店員さんから運動不足と言われてしまいましたが(笑)。

自由が丘駅前にある時計店、一誠堂。駅前の再開発のため、移転が予定されている。なお、現在はロレックスの販売は行っていない。

――他にも、矢口先生は腕時計をお持ちなのでしょうか。

勝美:ロレックスはこれが2個目です。最初の方は、私のへそくりをかき集めてだいぶ前の誕生日に贈った、ステンレスのシンプルな時計でした。ところが、夫は長年仕事を手伝ってくれたスタッフの方に、あげてしまったんですよ(笑)。

――ええっ!? せっかくの奥さんからのプレゼントなのに!

勝美:あげたと聞いて、私も「ええっ!?」と思いましたよ。でも、「いらないなら、まあいいや」と思いましたけれどね。今のロレックスを買った後の出来事でしたから、2個あるし、だぶっていたので、あげちゃったのかもしれませんね。でも、きっちりオーバーホールに出してからあげるあたりが、スタッフ思いだなとは思いました。

矢口高雄の自宅にある書斎。晩年はこの部屋に籠って漫画のアイディアを練っていた。

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