『電撃G’sマガジン』天広直人が描くシスター・プリンセス全盛期のメディアミックス戦略
シスター・プリンセスのメディアミックスを振り返る
『シスター・プリンセス』(以下、シスプリ)は前回記事でも取り上げた通り、2000年代前半にあらゆる面でオタク文化、美少女ゲーム文化に影響を与えた重要なコンテンツであった。もし今の時代にシスプリが全盛期であったら、物凄いレベルでメディアミックスが展開されていたのでは、と妄想するお兄ちゃんは多いのではないだろうか。
同じ『電撃G’sマガジン』発の『ラブライブ!』シリーズがそうなっているように、あちこちのクレーンゲームには妹たちの寝そべりぬいぐるみやハイクオリティなフィギュアが景品として置かれ、コンビニエンスストアや大手食品メーカーとコラボしまくっていただろう。例えば、亞里亞が舐めているキャンディがお菓子になったり、白雪特製スイーツや春歌が手作りした和食などがコンビニに並んでいたのではないか。妹を連想させる小物類も続々登場していたはずだ。雑誌を開けば、コスプレイヤーのえなこが妹のコスプレをしたグラビアが掲載されていたかもしれない。
それでも、2000年代初頭、まだオタク文化や美少女ゲームの文化が一般に浸透していなかった時代としては、シスプリは盛んにメディアミックスが行われたほうだと思う。その一例を見てみよう。
なんと、妹役の12人の声優全員で結成された「シスター・プリンセス」という声優ユニットがあった。結成を報じるスポーツ新聞には「打倒モー娘。」という見出しが出ていたのが印象的だが、その声優は水樹奈々や堀江由衣を筆頭に、小林由美子やかかずゆみのように国民的人気アニメで活躍する錚々たるメンバーもいる。もし現在も再結成できたらとんでもない人気になるのではないだろうか。他にも、桑谷夏子、望月久代、小林由美子、水樹奈々による声優ユニット「Prits」(プリッツ)も結成されていた。
人気の高さゆえに、当然のごとくアニメ化もされた。最初に制作された第1作目の『シスター♥プリンセス』はいろいろな面で賛否両論あったものの(詳細を書くことは控えたい)、続く『シスター・プリンセス RePure』は現在見ても美しい作画で統一され、その「キャラクターズパート」は岡崎律子が手掛けたキャラクターソングが好評であった。文化放送などでラジオ番組『シスター・プリンセス〜お兄ちゃんといっしょ』も放送されていた。
他にも、咲耶や雛子が描かれたラッピングバスが走行したり、すべての妹ではないもののドールやクレーンゲームのぬいぐるみも登場した。等身大フィギュアも発売されたし、アールジュネスは天広の絵を美術版画化して各地で展示会を行っていた。こうした高価格帯のグッズも数多く発売されたのも印象的だった。
当時、こんなグッズがあればいいのになあ、と思っていたお兄ちゃんは多かったはずだ。そんなお兄ちゃんたちは、シスプリ20周年を記念して令和の時代に可憐がVTuberデビューを果たし、最新のグッズが登場したときは歓喜したのではないだろうか。秋葉原のポップアップショップは盛況だったという。個人的には、「ねんどろいど」のようなデフォルメフィギュアが全妹、出てくれたら嬉しいと思っているのだが、25周年、30周年のメディアミックスに期待したいと思う。
漫画家やイラストレーターに刺激を与えた
前回の記事で書いたように、シスプリの天広直人の美麗な絵を見て感動し、イラストレーターや漫画家を目指した人がたくさん生まれたことも重要である。漫画家・ユキヲがそうであったように、ゲームの原画家でイラストレーターとして知られるみけおうも天広の絵を敬愛した1人である。コミックマーケットでも、名だたる人気作家がシスプリの同人誌を制作していた。
インターネットが普及する2000年代半ばくらいまでは、ゲーム雑誌や、アニメ雑誌の投稿コーナーがイラストを描く人たちの発表の場であった。「インド人を右に!」「ザンギュラのスーパーウリアッ上」などの誤植で有名な『ゲーメスト』もまた、レベルの高いイラストがたくさん投稿されていた。『ファンロード』や『Find Out』のような、雑誌全体が読者投稿で占められている雑誌もあった。
その傾向は『電撃G’sマガジン』も同様だった。とにかく読者投稿のイラストのレベルが高く、プロとしてデビューした投稿者も少なくない。そして、シスプリの人気絶頂期は『電撃G’sマガジン』の投稿コーナーの多くが、シスプリのイラストで占められていたこともある。少なくとも誌上では、当時人気があったKeyの『Kanon』や『AIR』、Leafの『To Heart』や『こみっくパーティー』などを上回る人気を博していたのではないだろうか。
シスプリがゲーム・漫画界に与えた影響については、これからの歴史家や研究者が検証していくことになると思われる。繰り返すようだが、2000年代前半のオタク文化や、美少女ゲームの文化を語るうえで欠かせないコンテンツであることは間違いないだろう。