「推し」の始まりと終わり......『やくざの推しごと』『推しが辞めた』に見る、推しがもたらすもの

「推し」の終わりから始まる『推しが辞めた』

 一方で『推しが辞めた』では、タイトル通り「推し」が辞めるという”終わり”から始まる。派遣事務で働く傍ら、デリヘルで推し活に必要な費用を捻出するなど「推し」である男性アイドルのミクくんに全てを捧げるみやびだったが、ある日彼の脱退ニュースを耳にしてから人生が一変する。

 生活を切り詰めて”推しごと”に心血を注ぐ様子や、突如脱退という形で「推し」が消失した時の絶望感など、『やくざの推しごと』とは一変して“推しごと”の薄暗い部分に切り込んだ本作だが、物語はこれでは終わらない。

“そういうのじゃなくて真実があると思うの 私は真実が知りたい” 『推しが辞めた』3話より

 ネット上に飛び交う噂話に翻弄され、しまいには街中で自分がプレゼントした服を着たミクくんが女性と歩いているという衝撃的な瞬間を目撃したみやびだったが、そんな彼女が出した答えがこれだった。自分が今まで「推し」を推してきた時間はなんだったのか、そもそも「推し」の本当の姿とはなんなのか......。それらを突き止めるべく、みやびはデリヘルで偶然繋がった芸能関係の客から真相を聞き出そうと目論む。

 そんな本作で「推し」は彼女に一体何をもたらしたのだろうか。それは”自我”なのかもしれない。ミクくん脱退した後、これを機に自分の好きな仕事に就こうとするみやびだったが、彼女にはそれができなかった。「推し」がいなければ、やりたいことはもちろん、人生に喜怒哀楽も何もない......。けれど、「推し」さえいれば”好き”の一心でどんな労働にも耐えられたし、今回のように脱退したとしても”知りたい”の思いで尋常ではない行動力を発揮する。つまり、みやびはミクくんという「推し」がいて初めて自我を持つことができていたのではないだろうか。

 時として、その人の人生を大きく動かす「推し」の存在。同じテーマながらも、異なる切り口で描かれた『やくざの推しごと』と『推しが辞めた』は、「推し」を持つ人ならば共感するシーンがきっと見つかることだろう。ぜひ、両作品を読んで自分の「推し」がもたらすものについて一度思考を巡らせてみてはいかがだろうか。

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