「推し」の始まりと終わり......『やくざの推しごと』『推しが辞めた』に見る、推しがもたらすもの

 すっかり一般に浸透した「推し」という言葉。自分の好きな芸能人やモノを指すそれは、2020年に芥川賞を受賞した『推し、燃ゆ』(宇佐見りん)で主題として描かれるなど、文学的な情緒としても理解が広がっている。

 今や一大テーマとなった「推し」だが、その勢いは止まることを知らず漫画界でも大きな広がりを見せている。今回は、そんな「推し」をテーマにした話題の漫画の中でも対局にある、『やくざの推しごと』(八田てき)と『推しが辞めた』(オガワサラ)から「推し」がもたらすものについて考えていきたい。

「推し」の始まりを描く『やくざの推しごと』

 若頭として鷲尾組を牽引してきたアラフォーのヤクザ・金城健は、組長の一人娘にそそのかされてK-POPアイドルグループ「MNW」のライブへ行ったことをきっかけに、メインラッパーのJUNにどっぷりとハマっていく。

 ヤクザとアイドル、決して交わらなそうな2人を繋いだのは「漢気」。健は、JUNの全力のしのぎ(ステージ)に漢の生き様を見出し、それ以来カチコミ(ライブ参戦)などの”推しごと”に情熱を燃やすようになる。

 応援うちわには「兄貴になって」の文字。ライブ中には、持参したペットボトルに入った酒を飲みながら「兄弟盃」を交わす......。ヤクザギャグを交えながら、”推しごと”のリアルに迫る本作だが、根底にあるのは「推し」の始まりだ。

“一糸乱れずまさに一心同体......JUNのカリスマと5人全員の絆 あれは......形は違えど間違いなく俺たち組が目指すところでした” 『やくざの推しごと』1話より

 推しに自分の状況を重ねる、言わば自己投影から始まる健の”推しごと”。推しがいる人であれば必ず内に秘めているであろう、この「推しが推しになったあの瞬間」を鮮烈なタッチと濃密なセリフで表現しているところが本作の魅力だ。また、基本的にはギャグ全開で物語が展開するものの、マナーやルール、同担にもしっかりと配慮した形で”推しごと”に邁進する健の姿は、目を見張るものがある。

 その後、健は「推し」から受け取ったエネルギーで表情が生き生きと輝きだし、”推しごと”を通して組の仲間や姐御ともより強い絆を育んでいく。『やくざの推しごと』では、ポジティブなパワーをもたらす存在として「推し」が描かれている。

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