東京藝大はかくも難関であるーー『ブルーピリオド』八虎が戦い続け、変化した650日間

入学試験でつながる八虎の650日

 また本作には伏線を回収するように見える場面も登場する。

 第4巻「【16筆目】脳汁ブシャー」では、八虎が初めて美術部の活動に参加したときに学んだ立体感を演出する方法を1次試験で実践する様子が描かれている。

 第6巻「【23筆目】こっから2次試験開始」で描かれた、ありのままの象徴である「裸」は、自分にとって情けなくて頼りないものであること。服を着ることは「裸」を隠そうとするうしろめたい行為であることに気づく八虎。これは第4巻「【15筆目】1次試験開始」で描かれた、同級生である「恋ケ窪(恋ちゃん)」に自信のある風に振る舞ってきた自分が絵では全部バレてしまうと悩む八虎の姿、鮎川と共に湘南の旅館でセルフヌードを描き、自分の裸が毛の生えた薄手のゴムのようだと感じる八虎の姿とつながる。

 第6巻「【24筆目】色づき始めた自分」で八虎の作品を目にした世田介に、自分が1番考えていたところを気づいてくれたうれしさから涙を流す八虎の姿は、青い世界を描いた絵が早朝の渋谷だとわかってもらえたことに涙したシーンと重なる。

 八虎は美術の道を歩み始め、色々な絵の技術を習得し、絵は見られたくないところまで見られ、さらけ出したくないところまでバレてしまうことを知る。ノルマをクリアするように人付き合いを円滑にしていた八虎は、他者に自分をわかってもらう悦びに目覚める。

 東京藝術大学の受験を通じて、自信がない自分が努力して戦略を練ってきたことを認められるようになった。絵を描くまでは、自信のない自分のことさえも知らなかったことに気がついた。ゼロから合格を目指した八虎の650日は、涙さえも塗り重ねてキャンバスに絵を描き続けた日々は、透明だった自分を見つめ続けた期間であったと言える。

 東京藝術大学に現役で合格を果たした八虎は、美術の道をさらに深く歩むこととなる。受験編が自分を見つめる期間であるならば、大学で進行する物語は自分を見つける時間となるはずだ。

 透明だったことに気づいた八虎は、自分をどのように色づけていくのか。八虎の青い時代は幕を開けたばかりであろう。

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