『逃げ上手の若君』は少年漫画の”最新”型? 主人公の前に立ちふさがるのは「現実」

 歴史的な事実としては尊氏が勝つことは決まっていて覆ることはない。しかし本作は、漫画としては「時行が勝利する姿」をなんらかの形で描こうとしている。それがどのようなものとなるのかは、まだわからないが、おそらく時行の特技である「逃げる」という才能が重要なモチーフとなっていくのだろう。

 『ネウロ』と『暗殺教室』で松井優征が描いたのは、正攻法では勝つことができない最強の存在に対して、弱者が人間離れした怪人の指導の元、どのように立ち向かうかという物語だった。『逃げ上手』でもこの構造は序盤に提示されている。怪人の位置には、未来を予知できる変人の神官・諏訪頼重。弱者の少年が北条時行、そして最強の宿敵が、足利尊氏となっている。過去作では架空の存在として描かれた最強の敵は、『逃げ上手』では史実上の勝者として、主人公の前に立ちふさがる。つまり、北条時行の戦いは、「歴史」というすでに決定された覆すことのできない現実との戦いだとも言える。

 おそらく、時行を庇護する怪人の諏訪頼重は、漫画に代表されるフィクションの象徴なのだろう。そして、頼重に導かれて戦う時行が率いる逃若党は(か弱き)読者の分身。その意味で本作は、作者と読者がフィクションの力でどうやって過酷な現実にどう立ち向かのか? という話とも言えるだろう。それはそのまま、歴史漫画という難題に挑む松井優征の姿とも重なる。無力な子どもたちに寄り添うことで少年漫画は発展してきた。本作はその最新型である。

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