“レコードハンター”村上春樹が語るクラシックの魅力とは? 名演の分析ににじむ作家としての心得

 本書『古くて素敵なクラシック・レコードたち』に収録されているエッセイ100本は、すべて今回のための書き下ろし。作家・村上春樹がクラシックの名曲約100曲と4人のアーティストをお題に、それにまつわる自身のレコードコレクションを紹介していく。

 演奏家・指揮者の情報、実際に演奏を聴いての印象など、書かれている内容は音楽誌に載るディスクレビューのよう。かといって、専門的で難しそうな話にはならない。ここでの村上春樹は、〈稀少盤を集めるよりは、バーゲン箱をせっせと漁っている方がずっと楽しい〉という一人のレコード好きとして、クラシックを語る。

 ベートーヴェン「運命」(交響曲第5番)について、アルトゥーロ・トスカニーニやエーリッヒ・クライバーの名演を紹介していても、レコード漁りの話題から逃れられない運命にある村上。中古屋のバーゲン箱で見つけて100円で手に入れたというマイナーなレコード、ドイツの指揮者ホルスト・シュタインによる「運命」を取り上げ、〈これが思いのほか素晴らしい。譜面を隅々までじっくり読み込んで、リハーサルを緻密に辛抱強く重ねて……という音が鳴っている〉と演奏を称える。それでお終いでもいいのに、〈褒めている人は見かけないけど〉と、掘り出し物を見つけたアピールをせずにはいられない。

 小澤征爾のレコードを特集したエッセイ「若き日の小澤征爾」では、〈気に入ったレコードのジャケットを眺めているだけで、そこにある音楽の世界に、ひとつ違う入り口から入っていくことができる〉という著者ならではの視点が光る。どのジャケットにも本人の顔が写っていることに注目し、「フォトジェニック」を切り口に、世界的指揮者のカリスマ性と若き日の魅力を考察していくのだ。

 村上春樹ならではの多彩な表現も、読みどころの一つである。クラシック初心者でもイメージしやすい形で、演奏の特徴を伝えてくれる。

 たとえば、メンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64」を華麗に堂々と演奏する、ヴァイオリンの名手・ハイフェッツと大指揮者・ミュンシュ率いるボストン交響楽団。彼らを指して、〈目力だけで迫真の演技ができる歌舞伎役者のようだ〉。クラシック界の異端児として知られるフリードリヒ・グルダが、奇をてらわずシンプルにモーツァルトの「ピアノ協奏曲第25番 ハ長調 K.503」を弾いているのに対し、〈まるで大阪のうどん屋で素うどんを食べているときのような、不思議な安心感を感じる〉。シューマンの「謝肉祭」を弾く2人のピアニスト、しっかりとメリハリを付けるゲザ・アンダと、優しくて落ち着きのある演奏のロベール・カサドゥシュ。彼らを比較して曰く、〈アンダが語るのは「物語」だが、この人(※カサドゥシュ)が語るのはあくまで「お話」だ〉。

 村上春樹の小説に登場する曲も、本書ではいくつか取り上げられている。目次を見てすぐ目に留まるのが『ねじまき鳥クロニクル』の導入に使われ章のタイトルにもなった、ロッシーニの歌劇「泥棒かささぎ」序曲だ。

関連記事