『ランウェイで笑って』は読者に新しいビジョンを提示した 最後まで貫徹された“ぶれない価値観”

 「週刊少年マガジン」で2017年から連載されていた、猪ノ谷言葉の漫画『ランウェイで笑って』が2021年7月14日に完結した。

 率直に言って大変に素晴らしい作品だった。優しい作風なのに、挑戦的でラディカル、連載当初から一貫したぶれない価値観があり、最後までそれが貫徹されている。努力して夢を掴む主人公を描く少年漫画のエッセンスが、現代的感性で新鮮に描かれている。

 『ランウェイで笑って』は、158cmの低身長でパリコレのモデルを目指す藤戸千雪と、貧しい母子家庭の4人兄妹の長男で、ファッションデザイナーを夢見る都村育人の2人が、困難を克服しながら夢を目指す物語だ。

 少年誌でファッションの世界を舞台にした作品は珍しいが、夢に向かって一歩ずつステップを超えていく展開はスポーツもののような爽快さを感じさせ、ファッションに興味ない人をも惹きつける力を持っている。何より、身長や経済力、他にも様々なコンプレックスを抱える登場人物たちが、努力でそれを克服しつづける展開は感動的だ。

 本作の優れているポイントは、なにより、デザインの力の根源を描いた点だ。低身長ではモデルとして活躍できないという既存の価値観に対して、デザインの力でそれを変える主人公を通し、世の中の不平等や理不尽な価値観は変えることができるということを描いている作品なのだ。

さわやかで挑戦的なタイトル

 『ランウェイで笑って』というタイトルは、非常に挑戦的なタイトルだ。一見、さわやかな言葉だが、これはファッション業界のタブーを破っている。なぜなら、ファッションショーは服を見せるためのものであり、モデルは笑ってはいけないのが常識だからだ。このタイトルには、世の中の価値観をひっくり返してやるという強い気持ちがこもっている。にもかかわらず、「笑って」というやわらかい言葉でオブラートに包んでいるのが抜群に上手い。

 以前、筆者が本作のレビューを書いた時「身の丈」という言葉をキーワードに挙げた。身の丈は「分相応な」という意味の慣用句だが、本作はまさに「身の丈」を破る物語だった。身長が低ければモデルになれないから分相応な別の道を行けと言われる千雪は、あきらめずにパリコレモデルの夢を追いかけ、お金がなくて夢をあきらめざるを得ないと考えていた育人も、分不相応な夢を見る。

 主人公たちの壁となるのは、既存の価値観だ。千雪に対しては、低身長というハンデだ。しかし、ある時点で育人は、なぜモデルは身長が高くないといけないのかと疑問に思う。それは、モデルが服を見せるための存在で、長身の方が服をより魅力的に見せるから、という既存の価値観があるからだ。 ならば、低身長で輝く服を作ることでその価値観を覆せばいいと彼は考える。ファッションとはただの服ではない、それは世の中の価値観を覆す力を持っているのだ。

 作中でココ・シャネルが言及される。シャネルは、当時、女性の必需品だったコルセットを使わないジャージー生地の服を作った。それは、最初は世間の反発を招いたが、シャネルの挑戦は実を結び、「男性に魅せる女性服から、女性のための女性服」へと女性服の常識を変えた。 ファッション、とりわけモードというのは、そのように既存の価値観を覆すものだと本作は描く。

 モードは「非現実的な、自由な、夢のある」という意味だと作中で語られる。囚人服だったストライプを一般的に着るようになったのも、女性がパンツスーツを履くようになったのも、労働者の作業着だったデニムが定番アイテムになったのも、全てモードがそこに新しい価値が生んだからこそ、今定番になっているのだという。

 では、これからの新しい価値観は何か。本作では誰もが自由に着られる「オールジェンダー」という概念が提示されている。ジェンダーだけでなく、人種も宗教も年齢も関係なく、自由な世の中が来ることを本作は願っている。その平等な社会の実現は現実社会の課題でもあり、だからこそ、新しい価値観を生む仕事であるファッションデザイナーを描く本作は、そこまで踏み込んでいるのだ。

関連記事