トキワ荘を知らねば、大泉サロンは分からない 『萩尾望都と竹宮恵子』著者・中川右介による特別寄稿

 トキワ荘も全員が、楽しかった思い出として積極的に語っているわけではない。

 グループのまとめ役で兄貴分として知られる寺田ヒロオは、80年前後のトキワ荘ブームには背を向けた。マンガ観が、藤子や石ノ森、赤塚たちと変わってしまったのだ。

 手塚治虫は常に最前線にいなければ気がすまない。そして時代の変化に作風を合わせられる才能もあった。藤子、赤塚、石ノ森も同じだった。しかし寺田はそうではなかった。1970年代の暴力や性が少年マンガでもタブーではなくなってくると、寺田はそういうマンガが載る雑誌には描きたくないと宣言し、もはやそういうマンガが載る雑誌しかなかったので、寺田は描けなくなった。そして藤子たちとの交流も絶った。

 他にもトキワ荘に暮らしながら、マンガの主流からは外れた者もいて、決して、全員がレジェンドになったわけではない。それでも、手塚治虫を含めれば5人のレジェンドがいれば十分だ。

 マンガ家というのは話をおもしろくするのが仕事なので、彼らのエッセイや自伝は、かなり事実を脚色されている。記憶違いも多い。

 『手塚治虫とトキワ荘』は、できるだけ多くの史料にあたり、事実を再構築したものだ。同じ手法で、『萩尾望都と竹宮惠子』も書き、マンガ史シリーズとしている。続けてお読みいただければ、手塚治虫に始まる少年マンガの歴史と、そこから枝分かれした少女マンガの歴史の流れが分かるようにしたつもりである。

 トキワ荘を知らなければ、竹宮が何を目指し、挫折したかは分からないのだ。

■中川右介
1960年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部文芸科卒業。2014年まで出版社アルファベータ代表取締役編集長。映画、歌舞伎、クラシック音楽、歌謡曲、漫画についての本を多数執筆。最新刊に『アニメ大国建国紀1963-1973 テレビアニメを築いた先駆者たち』(イースト・プレス)。その他の主な著書に、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『カラヤンとフルトヴェングラー』『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎新書)、『山口百恵』『松田聖子と中森明菜』(朝日文庫)、『大林宣彦の体験的仕事論』(PHP新書)等。

中川右介『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)

■書籍情報
『手塚治虫とトキワ荘』
中川右介 著
発売中
価格:1,100円(税込)
出版社:集英社

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