爪切男×せきしろが語る、思春期のモヤモヤ 「自販機で手にした本が、その後の人生の糧になった」
「ふつうの恋はできなくていい。私にとっては『覚える』ことが恋の代わりなのだから」。作家・爪切男が4月26日に出した『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)は、父親の言葉に従って観察し続けた同じクラスの女子たちについてつづったエッセイだ。
爪切男にとっては、2月発売の『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、3月発売の『働きアリに花束を』(扶桑社)と、3カ月連続で刊行するエッセイの最後の1冊でもある。
リアルサウンド ブックでは、『もはや僕は人間じゃない』刊行の際には歌舞伎町のゲイバー店員・カマたくと、『働きアリに花束を』刊行の際には作家・燃え殻と対談を行った。
そして今回対談するのは、爪切男が敬愛する作家で俳人のせきしろだ。自身、4月5日にエッセイ『その落とし物は誰かの形見かもしれない』(集英社)を刊行したばかり。前・後編にわけた対談の前編では、爪切男の『クラスメイトの女子、全員好きでした』にちなんで「思春期」をテーマに語ってもらった。(土井大輔)
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爪切男「プロレスには「救い」を感じた」
爪切男:「思春期」というテーマなんですが、せきしろさんは中高生くらいの時にどんなことを考えていましたか。
せきしろ:大体の人がそうだと思いますが、思春期は性欲が原動力になっていたので、やっぱりそういうことで頭がいっぱいでした(笑)。あと、僕の世代は周りがほぼヤンキーだったので、そのなかでどう振る舞えばいいのかしか考えていませんでした。
爪切男:僕より上の人たちは(不良を描いたマンガ)『ビー・バップ・ハイスクール』(講談社)に強い影響を受けている世代ですからね。僕の世代は『ろくでなしBLUES』や『カメレオン』で。
せきしろ:学校で誰が一番強いのかが話題になるような時代でした。あと、僕の場合はプロレスとアイドルと音楽にハマっていました。爪切男さんもプロレスが好きなんですよね。
爪切男:今日はタイガー服部さん(新日本プロレスなどで活躍したレフェリー)のTシャツを着ていますけども、最近はこの方を知らない人が多いんです。「今の若い人は知らないんだな」と思いましたね。
せきしろ:わからないですよ。それは(笑)。
爪切男:僕は小学校1年生ぐらいのときにプロレスと出会っていまして。今も大好きな武藤敬司さんが「スペース・ローン・ウルフ」というキャラをやっていた時代ですね。
ところが親父が「実はプロレスとは……」というような悪魔のささやきをしてきたんです。親父は大学時代に名を馳せたアマチュアレスリングの選手だったので、子供がアマレスよりプロレスに興味を持ったことが悔しかったのかもしれません。だけど僕は、少しいかがわしい部分があるプロレスに余計にのめり込んじゃったんですよ。親父の見込み違いでしたね。
せきしろ:そういう話を聞かされても、プロレスを観続けられるものですか?
爪切男:僕はむしろ、その怪しい部分に「救い」を感じたんです。イリュージョンを見てるみたいだなって。親父の言うように、万が一、台本があるのだとしても、それで武道館が満員の観客で埋まるのはすごいなと思ったんです。「ああ、人を幸せにする素敵なウソってあるんだな」って思いましたね。
せきしろ:当時、家にビデオデッキってありました?
爪切男:ありました。
せきしろ:うちにはなくてですね。(テレビで放映される)試合をずっとラジカセで録音していました。うちのおばあちゃんがプロレスが好きだったんです。アントニオ猪木信者で、「ジャイアント馬場はウソつきだ」って言っていました。だから、(馬場が率いる)全日本プロレスは観ちゃいけないぐらいの感じでした。いま考えると、いったい誰が本当のウソつきなのかわからないんですけども(笑)。
爪切男:そこは難しいですね(笑)。僕は、自分でプロレス実況をしたものを録音していました。実況が古舘伊知郎さんから辻義就(現・よしなり)さんに交代する転換期で。古舘さんの実況が聞けなくなって寂しいから、それなら自分でやろうと思って。小さな紙に「マサ斉藤」とか「スコット・ノートン」ってレスラーの名前を書いて、それを箱に入れてくじ引き形式で引いていくんです。それで1試合目からメインイベントまでの対戦カードをランダムに決めて、妄想で実況する。それをテープレコーダーで録音して聞き直すという、そんな一人遊びをやっていました。なんだか、我々はプロレスの話ばっかりしてますね(笑)。
せきしろ「書くことを仕事にしているのは、雑誌がきっかけかも」
せきしろ:今年、おいくつですか?
爪切男:僕は42歳です。
せきしろ:爪さんの「思春期」はいつ頃ですか? 僕が中学生だった時は1983年とかで。
爪切男:僕は1990年代ですね。
せきしろ:少し年代差はあると思うんですけれど、まず共通項として「性」はありますよね。それはどうしようもない(笑)。年代が違うので、この点に関しては僕のほうが苦労しているかもしれません。本しかそういう情報に触れられるメディアがなかったので。
爪切男:僕は中学の先輩から、ビニ本やらHな本を買える自販機があると聞いて、その場所までは教わって知っていました。でも、実際に買ったことはなかったんですよ。
せきしろ:90年代くらいだとコンビニなどもあったし、自販機の本はすでにあまり主流ではないですよね。僕らは積極的に買っていた世代でしたけれど。
爪切男:ネットもエロ動画サイトもないですしね。僕はさっきのプロレス妄想実況遊びの影響もあってか、エロも自分の妄想でなんとかしていたタイプです。
せきしろ:僕らは、そういう本を自販機で買うか拾うかのどっちかでした。最初は何も考えず全部拾っていましたけど、だんだん内容を吟味するようになりましたね。
親にはジョギングしてくると言って自販機までは走っていってました。そこで手にした本が、その後の人生の原動力というか、糧(かて)になっていた部分もあるかもしれません。(出版社の)コアマガジン系の雑誌は読み物が充実していて、僕より上の世代のサブカルの人たちがコラムや漫画を書いていたんです。写真よりそっちのほうが面白く感じることもありました。今、書くことを仕事にしているのは案外、自販機本などの雑誌がきっかけかもしれないです。
音楽にせよ漫画にせよ、雑誌でコアな情報を仕入れると、友達に対して「こいつはこういうことを知らないんだろうな」っていう優越感があって。天久聖一さんとか蛭子能収さんの漫画には「この面白さを知っているのは、きっと俺しかいない」という思いが募って、むしろ「この作品を普及させないといけない」という使命感さえありました(笑)。