『今日も言い訳しながら生きてます』訳者が語る、現代社会を生きるヒント「言い訳力が高い人は、気持ちの切り替えがうまい」

相手も自分も納得できる言い訳探しも必要

――翻訳しながら、心を打たれたフレーズはありましたか?

岡崎:「間違いなく、僕やあなたは誰かにとっての変人なのである」(P198)というフレーズですね。ディベートの授業について書かれた話の中にあるんですが。その言葉がすごく本質的で好きです。ハ・ワンさんが受けたディベートの授業は、2つのチームに分かれて意見を交わすんですが、次第に、どう相手を言い負かすかっていうところに夢中になってしまうんですよね。最終的には、力づくで自分の意見を押し付けるかではなく、相手の異なる意見をどれだけ聞いて、自分の意見とすり合わせていくのが大事だと、ハ・ワンさんは気づいたわけなんですけど。「話し合いは大事」ってみんな知っているはずなのに、うまくできないじゃないですか。「話し合う」=「自分の意見を押し通す」ではないんですよね。でも、話し合いってなると、そういうバトルになりがちで……。

――話し合いのゴールは、お互いが納得する道を見つけることにあるはずなのに、どうしても勝ち負けのような形になりがちですよね。

岡崎:この本には「自分を肯定するために他人を否定する」という内容もありますけれど、自分を納得させる言い訳をしないかわりに、誰かを攻めずにはいられない人もいるんですよね。

――あらゆる先入観と、変化していく時代の流れ、そして人の数だけある価値観……すべてが一致することなんてことはないので、折り合いをつけていくしかないんですよね。そこで、役に立つのが言い訳=合理化する力なのだと思いました。

岡崎:もちろん戦う必要がある人もいますけれど、全員がそうじゃなくてもいいと思いますし、常に戦い続けなくてもいいと思うんです。

――2020年からコロナ禍という世界に大きな変化があり、意見が対立しやすい状況が続いていますね。

岡崎:はい。「結果を知る方法は、その道を進んでみること、たった一つだけだ」(P109)っていう言葉も好きなフレーズです。みんな、未来のことに思い悩むのは当然だと思いますが、やってみるしかないよね、とも思うんです。世の中、何があるかわからないですから。ハ・ワンさんも「幸いなことに本が出せて、たまたまそれがヒットした」「単純に運が良かった」とありましたが、私も本当にそう思っているんですよ。私も、他の仕事がダメになったときに、たまたま翻訳の仕事が増えて。悪いことが起きたあとに、その穴を埋めるようないいことが起きることもある。そういう運としか言いようのない波が、人にはあるんじゃないかなって。だから、変化することに対して過剰に反応したり、怯えたりするよりも、まずはやってみないとわからないってどんと構えてみることも必要じゃないかと思うんです。

――岡崎さんも、今までの人生でどうしようもない時期もありましたか?

岡崎:そんな時期ばっかりでしたよ(笑)。人とのつながりとか、世の中の流れとか、ホルモンバランスとか……あとはなんだろう、月の引力とか? もう、自分だけじゃどうしようもないことばかりじゃないですか、この世界は。若いときは、その一つひとつにぶつかって思いっきり落ち込んだこともありましたが、この歳になると諦めがつくというか、「人生ってそういうもんなんだろうな」と、自分を納得させられる力がついたのは感じますね。

――わかります。過ぎ去るのをじっと待つという選択肢も、落ち着いて検討できる年齢になるというか。

岡崎:そうそう。ただ、時代の流れが本当に早いので、世代によって本当に全然違う人生を歩んでいるのは、なかなか理解しにくいですよね。特に、韓国は政情や経済が不安定だった時期があるので、5年、10年の差で考えていることが全然違ってしまう。ハ・ワンさんの子ども時代の話とか、日本人が考える80年代とは全く違うんですよ。ものすごく貧しかったことがコンプレックスだったと書いてあるんですが、そのあたりがどのくらい日本の読者のみなさんに伝わるのか、翻訳しながら不安なところはありました。韓国ドラマの『応答せよ』シリーズで『恋のスケッチ~応答せよ1988~』というのがあるんですが、それを見た友人が「1988年の韓国って、こういう暮らしだったの?」と驚いたことがあって。今でこそ、日本と韓国の状況は近いものがありますが、当時の日本と韓国とは全然違ったので。もし気になった方は、そうした作品もチェックしてみると面白いと思います。

――本著では、『ビバリーヒルズ高校白書』などハ・ワンさんお気に入りの様々作品も登場していますね。岡崎さんのお好きな作品も、ぜひお聞きしたいです。

岡崎:この本の中にも出てくる『シングル男のハッピーライフ』は、私も大好きな番組です。独身男性タレントがひとり暮らしをしている姿をカメラでとらえた、リアルバラエティなんですけど、いろんな俳優さんとかK-POPアイドルも出演していて。もうかなりの長寿人気番組ですね。

――私も見たことがあります。日本のアイドルではちょっと考えられないくらい、プライベートな姿を出していますよね(笑)。

岡崎:ですよね! この本でも独身のハ・ワンさんが「メンバー(出演者)がずっと独身でいてほしいな」ってオチで書いてありましたけど、本当にそうなんですよ。私も、好きで見てた人が、番組を卒業してすぐ結婚したのはちょっとさみしかったです(笑)。

――(笑)。改めてなんですが岡崎さんが、韓国語を学んだきっかけはなんだったんですか?

岡崎: 以前からハングルには興味があったのですが、90年代に韓国旅行に行った友人がお土産にくれたカセットテープで、H.O.T.っていうアイドルグループを知ったのがきっかけです。『Wolf & Sheep』というアルバムを聞いて、すっかりハマってしまったんですよ。ハマり方としては、今の「BTSが好き」っていう若い方と全く同じです。それが本当に人生を変えた瞬間ですね。そのときは、意味もまったくわからなかったんですけど、韓国語のラップのゴロ感が、今までに聞いたことのないもので。子音もあるので、日本語よりもノリやすいですし。もともと日本のアーティストではスチャダラパーが好きだったんですよね。無理しない日本語のラップが最高だなと思っていて。言語とマッチした感じが、H.O.T.のラップにもあったんですよね。

つらい世の中こそ、怒りよりも笑いに目を向けて

――コロナ禍によってテレワークが進むなど、これまでにない新しい生活が到来しました。岡崎さんの生活は、どんなふうに変わりましたか?

岡崎:本当に一気に進みましたね。通勤の煩わしさから解放されたのは、よかったのかなと思いますね。私はもともと家で仕事をしていたので、そこまで大きな変化はありませんが、外出しなくなったために運動不足は本当に深刻……。もともと学生のときにはハンドボール部で体を動かしていたタイプだったので、そこがスッキリしなくて。最近はオンラインマラソン大会があるのを知って、そこに向けて頑張っています。

――オンラインマラソン!?

岡崎:行けない地域のマラソン大会に、オンラインで参加できるんですよ! 専用のアプリがあって各地で好きな時に「ヨーイドン」と走るんです。時間と距離を測って、「あなたは今、何位です」って出るので、楽しみにしています。脳科学の本にも、結局は心身ともに健康になりたいなら「歩け」って書いてあるんですよ。私が見た本では、歩くと体が左右に揺れるじゃないですか、それが右脳と左脳に刺激を与えて良いんですって。

――鬱々としたときに、散歩してみるとスッとすることもありますよね。

岡崎:そうそう。あとはこの本にもあったように「つらいときこそ、笑おう」(P90)に尽きるなと思います。「つらい世の中を生きていくときには、怒りよりも笑いが助けになってくれる」(P91)とも書いてありますけど、本当に笑うのは大事。コロナ禍で、一番大きな変化といったら、お笑い番組を繰り返し見るようになったことかもしれません。

――それは日本のですか?

岡崎:はい、『有吉の壁』とか(笑)。きっかけはお笑い芸人のぺこぱさんを見て「ポジティブだな」って思ったところからなんですよね。この本や『1cmダイビング』でも、ちょっと彼らの言い回しから影響を受けて翻訳したところがあるんですけど、誰にも気づかれてないですね(笑)。

――そんな“隠れぺこぱ”があったとは! その視点で、読み返すのも面白そうですね。たしかにフワちゃんとかもそうですが、ここ最近はポジティブなパワーを持った方が、スターになっているように思います。

岡崎:やっぱり、なかなか人に直接会えない期間が続いていたので、声を出して笑ったり、そもそも声を発する機会そのものが少なくなってしまっていたなって思ったんです。だから、テレビでも、YouTubeでも、ラジオでもなんでもいいんですけど、何回見ても笑えるコンテンツを繰り返し楽しむようになりました。よくみんなが「推しがいるから生きていける」って言ってるのを聞いていたんですが、それまでは「へぇ」って思っていたんですが、今ならわかりますね。あれはきっと何か脳内で出るんですよ。快楽物質が。

――次にどんな展開が来るかわかっているから、安心して楽しめるというものもありますよね。

岡崎:たしかに新しいやつを見るのも楽しんですが、やっぱりこうも外部から受けるストレスが多い時期だと、その刺激さえ疲れちゃうんですよね。もう推しのやつしか見たくないって気分です(笑)。みなさんも、大変な時期が続きますが、適度に体を動かしながら、どうにか自分なりに笑えるものを手に、乗り越えていただきたいと思います。

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