「暴力的な言葉を話すことに依存する人が増えている」 作家・星野智幸が語る、絶望的な時代における“言葉の力”
作家・星野智幸が新作『だまされ屋さん』を上梓した。谷崎潤一郎賞受賞作『焔』以来、約2年ぶりとなる本作は、古希を迎えた母・秋代と、それぞれに人生の問題を抱えた3人の子どもたち(優志、春好、巴)を中心に、現代の日本における家族、社会の在り方を様々な視点から捉えた作品。多くの人が生きづらさを感じている現在において、他者との連帯、前向きな関係性を作るためのヒントに溢れた家族小説だ。
南米文学的マジックリアリズムを取り入れた作風で知られる星野だが、『だまされ屋さん』では幻想的な要素を排し、リアリズムだけで小説全体を構築。延々と繰り広げられる会話とモノローグによって、登場人物たちが自身の問題に向き合い、言葉を獲得していくまでを丁寧に描いている。「混迷はさらに深まるだろうけど、いつかは底を打つ。そのときに必要な価値観を示したかった」という星野に、作家として新たな地平を切り開いた本作について聞いた。(森朋之)
「うちは上手くいってるよ」という人は稀
ーー新作『だまされ屋さん』は、家族の在り方を様々な社会問題を絡めながら描いた作品です。マジックリアリズム的な要素を入れず、現実感のある家族を主題に選んだのはどうしてですか?
星野智幸(以下、星野):新聞(読売新聞)の連載小説だったので、リアリズムに徹したほうが読みやすいかなと思いまして。ふだん小説を読まない方でも、家族の問題を扱っている作品であれば興味を持ってくれるかもしれないという意図もありました。
ーー誰もが無縁ではいられないテーマですよね。近年、家族の在り方はさらに変化し続けていますし、タイムリーな題材でもあると思います。
星野:これまでにもいろいろな社会の問題を取り上げてきましたが、いまの人たちの生きづらさの根っこを探ると、家族の問題に行き当たることが多くて。僕の友人や知人もそうですが、家族の問題を抱えていない人はほとんどいないのでないか、「うちは上手くいってるよ」という人は稀なんじゃないかと思うんです。多くの人が家族とのわだかまりを抱えながら生きていて、なんとか折り合いを付けようとしているんですが、いまだに「家族の問題は家族で解決するべき」という風潮も強い。でも、たとえばDVの問題など、プライベートの問題ではなく暴力であって、外の人の力を借りる必要がある、とはっきりしてきたことも多いですよね。
ーー問題を外に示すことができず、内側でどんどん深刻な状態になっていくという。
星野:家族の恥をさらしたくない、という意識もありますからね。プライべートなことはすべて自己責任という状況を変えていかないと、様々な社会問題も解決できないと思うんです。そのためにはまず、家族の問題を外に開く環境づくりが必要。この小説でも、その環境をどう作るか?ということを考えていました。
ーー『だまされ屋さん』では、母親の秋代の家に未彩人、シングルマザーの巴の家には夕海という得体の知れない若者が突然訪れ、「一緒に住まわせて」と持ち掛けます。
星野:密室状態の家族のなかにまったく知らない他者が入り込み、風穴を開けるという話にしたかったんです。彼らは家族問題の専門家でもないし、適切なアドバイスもできないんだけど、部外者がいることで風通しが変わり、行き詰っていた関係が変化し始めるという。
ーー登場人物にはそれぞれ異なる背景があり、込み入った事情を抱えている。そこには貧困、ジェンダー、国籍、移民、住宅など、いまの社会の課題が反映されていますね。
星野:それらの問題を“普通にあること”として描きたかったんです。外国にルーツを持つ人は特別な人ではないし、貧困も誰もが直面し得る。すべては他人事ではなく、当事者性があるという観点ですよね。
ーーそれらも“見えづらい”問題ですよね。街では誰もがスマホを持って、スタバに行っているわけで、誰が貧困なのかがわからない。
星野:そうなんです。コロナ禍によって路上生活を強いられる人が急増していますが、特に若い人たちはそう見られることに恐怖を感じているはずで、住む場所がなくても着る物に気を使っている。家を失うかもしれないという怖さは誰もが感じているはずですが、それも表には出てこない問題です。
割を食ってる男性のほうがマジョリティ
ーー個人的には“優志”に強く共感しました。彼が抱えている、「男らしさの呪縛から逃れたい」という葛藤は、じつは多くの人が感じているのではないでしょうか。
星野:そう思います。男らしくあることで得ばかりして、「何も苦しいことはなかった」と言える人はじつは少数派で、そのことを負担に感じ、割を食ってる男性のほうがマジョリティだと思うんです。会社の愚痴くらいは言えても、「男らしさに付き合うのはしんどい」とは口に出せない。男性に話せば”負け”だし、女の人にそのことを話したら、「何言ってるの? 損してるのはこっちなんだけど」と言い返されますから。
ーー確かに(笑)。実際、優志もパートナーの梨花に理詰めで反論され、何も言えなくなってしまうわけで。
星野:おそらく多くの人が優志と同じように、葛藤を抱えたまま、誰にも話すことなく克服しようとするんだけど、それが報われることはほとんどない。そうするとだんだん怒りが沈殿してきて、場合によっては外に向かって攻撃する。ヘイトに染まることもあると思うし、それが今の社会の殺伐とした空気を作り出しているんじゃないかと。トランプ現象もそうだと思います。トランプを支えていたのは主に白人男性の貧困層。誰にもケアされず、苦しさを吐き出すことも出来なかった人たちが、トランプの登場によってプライドを取り戻そうとしたわけです。彼らが抱えていた苦しみや弱さを言葉で表現できていたら、圧も下がったんじゃないかな。
ーーなるほど。フェミニズム、LGBTQなどに関しては、まだまだ課題はありながらも、少しずつ理解が進んでいる印象を受けます。しかし、男らしさの呪縛についてはほとんど言語化さていないし、はけ口もないような気がします。
星野:“順番”もありますからね。まずは一番苦しんでいる人達の話を聞くべきだし、女性やセクシャルマイノリティの方々は長い間、声を上げることさえ出来なかったので。そういう時期に、社会構造的に上にいる男性が「じつは苦しいんです」とはなかなか言えないし、聞いてもらえない。よりマイナーな立場の人たちが権利を主張し、それが受け入られて、ようやくヘテロの男性も「実は自分たちも」と言えるようになるのだと思います。
ーー優志の言葉を聞いて、「自分も同じことで苦しんでいた」と感じる男性の読者も多いと思います。この小説にはその他にも、在日韓国人の女性、人種的ミックスの子どもなども登場しますが、それぞれのバックグラウンドや抱えている悩みをフラットに描いているのも印象的でした。
星野:すべては普通の存在なんですよね。存在の重さは等価なんです。「誰が一番悪いのか」という犯人捜しをしても意味はないですから。この小説のなかでは、それぞれの立場や意見を主張し合い、それが上手くかみ合わないために、互いに悪意を持ったり、強い言葉を放ってしまう。さらに全員が「自分はこんなにがんばっているのに」と被害者意識を持ってしまうわけです。それを解きほぐすときに大事なのは、それぞれの言い分や文脈を否定しないこと。小説のなかでももちろんジャッジはしてませんし、読者も登場人物たちの話をじっくり聞けるような構成にしたかったんです。読者も未彩人や夕海と同じように、その場にいて一緒に話を聞いているという想定です。
ーー『だまされ屋さん』の醍醐味は、家のなかで繰り広げられる会話だと思います。女性たちを中心にひたすら言葉を交わし続け、少しずつ解決の糸口に近づいていく様子はとてもスリリングだし、言葉に対する信頼の強さを感じました。
星野:私自身、言葉で表現している人間ですから。身振りやハグなど、感情を伝える方法はいろいろありますが、意味を伝えられるのは言語のみです。言葉がすべてではありませんが、言葉がなければ伝える力は半減すると思います。ただ、今の日本の社会には、言葉によるコミュニケーションが圧倒的に不足している。むしろ「言うな」という圧力も強いです。小説を通し、「いや、そうじゃないんだ」と押し返したい気持ちもあります。
ーー小説のなかでは、少しずつ「みんな言いたいことを言っていい。聞く側はそれを否定したり、評価してはいけない」というコンセンサスが出来上がっていきますね。
星野:人が自由に話すためには、聞く側の姿勢も大切です。我々は聞くのも苦手というか(笑)、「聞く=黙って耐える、従う」と捉えがちなので。特に男社会だと、会話のやりとりが成り立たず、どちらかが制圧するという会話になりがちですよね。その根底には、日本独特の同調圧力の影響があるような気がします。自己主張すると拒絶され、「わがまま」「エゴイスト」というレッテルを貼られる。SNSにおけるヘイトの圧力も深刻ですよね。とにかく人を黙らせたくて暴力的な言葉を話すことに依存している人が増えている。日本に限らず、世界的な傾向ですけど。
ーー『だまされ屋さん』では、まず女性たちが問題意識を共有し、対話を深めることで、自分自身を語り、説明するための言葉を獲得していく。そのプロセスの描き方が素晴らしいと思いました。
星野:ありがとうございます。まさにそこが大事なポイントです。梨花や巴は言葉を持っている人たちですが、心の奥底で引っかかってること、無意識のうちにこだわっていることは説明できない。この小説では、なめらかに喋っているうちに、自分が目を向けたくなかった部分に気付き、そのことを表に出すための言葉を得ていく。小説を通し、読者にもその体験を共有してほしいと思ったんです。
ーー特に春好が自分自身を語る場面は印象的でした。仕事で失敗を重ね、課金制のスマホゲームで借金を重ねている春好はもともと、自分のことを話すことが極端に苦手。それが周囲の人たちとの関係の変化によって、抱えていたものを少しずつ言語化していく……。
星野:新聞連載では、春好が語る場面はなかったんです。書いていて「こいつには無理だな」と思ってしまって(笑)。単行本にするにあたって、“喋れない”ということを表現するべきだと思い、春好の章を作りました。言葉を持っていない人であっても、できる事はあるんじゃないか、と。ただ、「彼みたいなタイプでも自分を語るための言葉を獲得できると信じているか?」と言われたら、そうとは言い切れなくて。「やっぱり無理じゃないか」という気持ちもあるのですが、それでも何かの表現に踏み出すことは可能だと思うんです。「言いたいのに言えない」という感覚を小説であれば表せるのではないかと思い、春好にがんばってもらいました。