ついに完結『A子さんの恋人』 登場人物たちが抱える「特別な存在じゃない」という虚しさ

 特に印象的だったのは、あいこが4巻で大学時代の思い出を振り返る場面。あいこがA太郎とその友人との会話に耳を潜めていると、A太郎はA子の好きなところに「荷物が少ないところ」を挙げる。あいこなら化粧品や何やらで大荷物になるところを、A子は手ぶらでA太郎の家を訪れる。あいこが絵を描くのが辛くなった時、教授から高い評価を得た作品をA子はロッカーに置きっぱなしにしていた。

 A太郎にフラれて、A子の家に討ち入りしたあいこは「私は好きなものに囲まれていたいの ホッとするから」と呟く。多くの人は大切な物に溢れたあいこの部屋のように、好きな人や物だったり自分の夢やプライドだったり、何かしらに縛られて生きているものだ。対してA子の部屋は殺風景で、それは何からも身軽なA子自身を表しているよう。

 それでもA子がたった一つだけ最後まで執着したものがある。それが、デビュー作『部屋の少女』だ。この漫画には瓜二つな2人の男女が登場するが、この男の子と女の子は紛れもなくA子とA太郎を表している。A子は以前からA太郎に対して「この人やっぱりなんか変だ」と思うことがあった。A子が漫画で描く背景をA太郎がそっくりそのまま真似できたり、本人よりも先にA子の気持ちを言葉にしたり。だけど、最終的にA子は自分とA太郎がよく似ていることに気づく。

「私が『英子』だということなんて他人にとっては大した問題じゃないのだ」
「(なぜ)僕が君のこと好きなのか教えてあげよう。それは、君は僕のことそんなに好きじゃないからだよ」

 A子が第1話で語った言葉と、A太郎がA子に放ったその言葉はどちらも「自分は特別な存在じゃない」という空虚を表していた。そしてA子が特別だと思うA太郎、A太郎が特別だと思うA子、ふたりとも理想の自分を互いの存在に見出していたのだろう。そのことに気づいたA子が選択した答えは、ぜひ最終巻で確かめてほしい。A子が英子に変わる瞬間にきっと、自分のことを今よりも好きになっているはずだから。

■苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。Twitter

■書籍情報
『A子さんの恋人』7巻完結(ハルタコミックス)
著者:近藤聡乃
出版社:KADOKAWA
出版社サイト(7巻ページ)

関連記事