『BASARA』『7SEEDS』の田村由美が描く『ミステリと言う勿れ』 KYな主人公が気づかせる価値観とは?

 ところで私は、主人公の名探偵としての魅力をKYだと書いた。シャーロック・ホームズの時代から、エキセントリックなキャラクターは名探偵とマッチしてきた。整は、その現代版なのだ。しかし、読み進めるにつれ、KYの一言で決めつけられない人間性が浮かび上がってくる。

 彼の過去に何があったのかは、まだ断片的にしか描かれていないが、子供の心を歪める発言への批判などを見れば、家族に関する問題があったとしか思えない。彼が周囲の出来事に敏感で、観察力が鋭い人間になったのも、少年期の環境に由来するようだ。

 いうまでもなく性格も同様である。なぜ整がKYに見えるのか。自己の体験や知識に基づく本音でしか喋らないからだ。それが多くの人が常識としている建前と衝突し、KYに見えてしまうのである。整の発言が痛快なのは、建前によって硬直化した価値観を、本音によって容赦なく揺さぶるからなのだ。

 さらに建前と本音は、ミステリーの構造と通じ合う。物語の始まった時点の事件が建前、その後に明らかになる真相を本音と、なぞらえることができるのではないか。だとすれば本音しか喋らない整ほど、真相を見抜く名探偵に相応しい存在はない。時代が求めた名探偵を創造した『ミステリと言う勿れ』は、多くの名探偵物と同様、時代が変わっても読み継がれることだろう。これはそういう作品である。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報

最新7巻

『ミステリと言う勿れ』(フラワーコミックスアルファ)既刊7巻発売中
著者:田村由美
出版社:小学館サービス
https://flowers.shogakukan.co.jp/rensai/mysterytoiunakare.html

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