『SPY×FAMILY』が「大人」の漫画である理由 危うい繋がりの疑似家族の運命は?
絵も設定もコマ割りもスタイリッシュで圧倒的に上手く、何より漫画として面白いというのが、遠藤達哉の漫画『SPY×FAMILY』(集英社)の第一印象だ。
本作は素性を隠した三人が偽りの家族を演じる姿を描いたホームコメディ。シリアスすぎず、かといってギャグ一辺倒でもないというクールな距離感が、本作の絶妙さだろう。難しく考えずに一話だけつまみ食い的に読むと幸せな気持ちになる手触りが、「漫画はおやつ」と言われていた時代の漫画が持っていた楽しさに近く、こういう漫画らしい漫画が、何でもありの「少年ジャンプ+」から出てきたことが、興味深い。
何より上手いのが導入部となる第1巻で、複雑な物語をシンプルに見せて、少しずつ作品世界へと誘導する見せ方が絶妙である。
以下ネタバレあり。
世界各国が水面下で熾烈な情報戦を繰り広げていた時代。東国(オスタニア)で諜報活動をおこなう西国(ウェストリス)のスパイ・コードネーム〈黄昏〉は、組織からのミッションをクリアするごとに素性を変えて生きてきた。
今回のミッション、オペレーション〈梟〉は、東西の平和を乱す危険人物・国家統一党総裁ドノバン・デズモンドに接近すること。彼の息子が通う名門・イーデン校の懇談会へと潜入するため、「結婚して子どもをこさえろ」と命じられる。
入学試験までの期日は1週間。〈黄昏〉は精神科医のロイド・フォージャーという新たな人生を偽装し、まずは孤児院で里親となる子どもを探そうとする。読み書きができる子どもを希望したところ、アーニャという少女を推薦されるのだが、実は彼女は「とある組織の実験によって偶然生み出された被検体007」で、人の心が読めるエスパーだった。
組織の施設から逃げ出し、保護対象を転々としていたアーニャは(スパイの)ロイドを気に入り、彼の娘となる。試験も(同じ受験生の心の声を盗み聴きすることで)無事合格するが、二次試験の面談では「必ず両親と3人で出席」することが条件であったために急遽、母親も探すことに。そこで知り合ったのがヨルという27歳の女性。東国では独身女性はスパイと怪しまれて通報されることが多いことと、弟に彼氏がいると言ってしまったことで急遽、彼氏が必要になったヨルは試験のために母親を探していたバツイチ(という設定)のロイドと意気投合。そしてお互いの利益のために夫婦としていっしょに暮らすことになるのだが、実は彼女は〈いばら姫〉というコードネームの殺し屋だった。
つまりフォージャー家はロイド(スパイ)、ヨル(殺し屋)、アーニャ(エスパー)の疑似家族、しかもお互いの本当の正体を知らないという、実にややこしい設定なのだ。
下手な作家ならこの込み入った設定と濃いキャラクターを動かすだけでクタクタになってしまうところだが、本作はまず3人の魅力を全面に押し出すことで、素性を隠した家族のコメディという、わかりやすい話に仕上がっている。
背景にはロイドの所属する諜報機関や、国家間の緊張関係といった、複雑な世界観や各人物の葛藤が盛り込まれているのだが、それらの描写は最小限に止められており、お話が進むと次第にわかるように演出されている。つまり入り口は広くてわかりやすいのだが、奥に入っていくと迷路のように複雑な世界となっているのだ。
見事なのはアーニャの立ち位置で、彼女が各登場人物の心の声を聴いている状態を通して、ほとんどの登場人物が嘘をついているという物語の全体像を読者にわかりやすく見せている。同時に子どものアーニャにはトラブルを解決する力はないので、彼女が自分の能力をうまく隠して、ロイドとヨルに助けを求めることで事件が解決するという展開になっている。この見せ方が本当に上手い。