将棋界に現れた天才少女は女性差別にも立ち向かうーー『龍と苺』が描く、命を賭けた戦いの熱さ
それにしても、将棋界には本当に今も旧態依然とした考え方が残っているのだろうか。『龍と苺』は、プロ棋士を目指す者たちが戦う奨励会で、対局に負けた女性棋士に向かって男たちが、「まあしょせん女か」「男とは脳の作りが違うんだろ」「頭使うのに向いてないんだろーな」と悪口を浴びせる場面から始まっている。事実だったら余りにも酷い。
さすがに、表だって言う人はいないかもしれない。月子を見に来ていたプロ棋士の伊鶴航大八段は、月子が弱いのは覚悟が足りていないからだと言って、女性だからとは見下さない。ただ、月子が父親に奨励会入りを反対されているのは、どこかに女性の将力に対する懐疑があるからだろう。男性でも厳しい世界に来てほしくないという親心かもしれないが、それでも月子の思いを見下している。
高校2年生で女流棋士初段の早乙女香を主人公に、『ビッグコミックスペリオール』で連載されているくずしろの漫画で、3巻まで発売中の『永世乙女の戦い方』にも、女性への偏見が描かれる。女子中学生ながら奨励会で戦っている須賀田空二段が、将棋道場で見かけた香を「将棋コンパニオン」呼ばわりする。同じ女性に言わせているとはいえ、須賀田二段が男性ばかりの奨励会で受けている圧力の強さがうかがえなくもない。
藤井二冠の登場でフィクションに追いつかれ、追い越されたと評判になった白鳥士郎のライトノベル『りゅうおうのおしごと!』シリーズでも、釈迦堂里奈という4つの永世位を持った最強の女流棋士が、女性への偏見に遭ってきたことを告白する。女流棋士の羨望と期待を一身に背負う彼女が、相次いで女性のプロ棋士が誕生すれば、結果として女流棋士制度がなくなっても構わないと言うのは、弱いと見なされる偏見を覆したいとの強い思いからだろう。
『りゅうおうのおしごと!』では、空銀子という16歳の少女が、フィクションとはいえ史上初の女性プロ棋士四段になった。現実では、奨励会の三段リーグで戦う西山朋佳三段が、あと少しのところまで迫っている。こうした潮流に、『龍と苺』の作中で、命を賭けて将棋に向かう苺の熱さが加わって、分厚い壁をぶちこわすエネルギーを生み出しそう。
この物語は、プロ棋士を目指す将棋女性たちに、ガラスの天井に阻まれ続けているすべての女性たちに、差別と偏見に苦しめられ涙しているすべての人たちに、強い力を与えるはずだ。
■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。
■書籍情報
『龍と苺(1)』(『週刊少年サンデー』連載)
著者:柳本光晴
出版社:小学館
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