朝井リョウが語る、小説執筆の心構えと自己愛との向き合い方 「経験より『勇気をもって書く』のが重要だと実感した」
個人に広告がつくようになった時代だからこそ、消えない違和感
――最後に収録された「贋作」は、“『発注いただきました!』がただの寄せ集め本と成り果てる未来を回避するため”に書かれた新作短編とのことですが、やはり自己肯定感と自己愛について考えさせられる作品でした。
朝井:もともと、「贋作」というタイトルと、「人からもらったもので贋作の額縁を飾りつける」という一行プロットみたいなものがずっと脳内にあったんです。ただ、短編にしかならなさそうなんだけど、連作にもしづらそうだし、このテーマで一冊を編むのも難しそうだな、と思っていたんですが、今回ようやく書くことができました。まえがきにも書きましたが、タイアップとなると基本、読後感のいい作品を書くことになるのですが、なんの制約もなく書きたいものを書いていいよといわれると、私はこういうざらっとした後味が自然と出てきてしまうみたいです。
――書道界の“天女様”に国民栄誉賞が贈られることになり、硯職人・祥久の工房に記念品制作の依頼がくる。妻の伊佐江も、心酔する“天女様”のために昼夜問わず精をこめて制作に励むけれど……というお話です。
朝井:たぶんデビュー当時なら、主人公に50代の硯職人を据える勇気をもてなかったと思います。仕事内容も想像つかないですし、私とはかけ離れた存在、と思いすぎて。でも、先ほども申し上げたように、10年かけて、自分と似た肩書の人であろうとそうでなかろうと同じだけの勇気が必要だということに気づきましたし、タイアップの仕事を通じて、ウイスキーやたばこ、競馬といった自分になじみのないアイテムをとりいれて小説を書くトレーニングも重ねてきた。調べれば硯職人の心情だって書けるかもしれない、と思えたんですよね。
――本作には、他人から差し出されたものを謙虚に辞退することで、結果的に好意を踏みつけにしている人々が登場します。〈他者から何かを奪い取ってまで、自分の額縁を装飾しようとする行為ほど、浅はかなことはない〉という祥久の吐露が、先ほどおっしゃっていた一行プロットにも通じる、この作品の核ですね。
朝井:私自身、直木賞作家という肩書と実際の自分の能力は本当に見合っているのかと常に考えますし、でも過剰に謙遜してしまうのも失礼なんだろうな、と悩みます。尊大にならず、でも評価を正しく受け止めることの難しさ、というのを日々痛感しているのですが、私の悪い癖として、自分への目線が厳しくなると同時に他者への目線も厳しくなってしまうんですよね。「あの人、変じゃない?」って、すぐパトロールしてしまう。
――「あの人、変じゃない?」とは。
朝井:外側(パフォーマンス)と中身(能力)が一致していないのに、一致して見せるのはめちゃくちゃうまいよね。っていう人です。今の時代、プロとアマチュアの境目もなくなってきているし、何をもってその人の真価をはかればいいのか、わからなくなっている。昔は、何かしらの能力がある人が有名になり広告塔となっていったけど、今は有名であるというだけで個人に広告がつくようになった。有名だからといって能力のある人とは限らないし、お辞儀が深いからといって礼儀正しい人とは限らない……と思いながら、そういう私もそういうパフォーマンスで票を集めている瞬間はあるよな、とも思う。そんな気持ちを行ったり来たりしながら書いたような小説です。
――確かに、SNSなどのツールを使いこなすことによって、自己演出の上手な人は増えている気がしますね。悪いことではないものの、判断に迷うことは多々あります。そういう他者を見るとき、朝井さんが基準として大事にしているものってありますか?
朝井:おそらく次々作になるだろう『スター』という小説は、自分にとっての質と価値の判断基準というものをメインテーマに据えたんです。なので、是非その作品を読んでいただきたいです。ただ、これまでのように本を刊行できるのか、誰もわからないですね。
――緊急事態宣言によって、多くの書店が休業し、出版業界だけではありませんが、なかなか困難な状況になってきましたよね……。
朝井: 私は悲観的なほうなので、Amazonが本の補充をやめて、生活必需品を優先的に出荷することになったことに対しても、そりゃそうだよな、と思ってしまいます。今こそ本を守ろう、というようなことを声高に言えない自分がいます。こういう状況に置かれると、どうして自分は医師免許をもっていないんだろう、マスクを大量生産することができないんだろう、みたいな考え方になってしまいますけれど、そのたび、いま医療現場で頑張っている方々を健康に保つ食事を作っている人が着ている服をデザインした人が私の本を読んでいるかもしれない、というように考えて、まずは目の前の役割を果たそうと気を引き締めています。いや、別に、読んでもらえていなくてもいいんです。ものすごくべたなことを言いますが、世の中のすべては繋がっていることが今回のことで改めてよくわかりました。遠くて曖昧な関係のなかで、お互いが影響し合っているとも気づかない距離感で、すべての人やものは繋がっている。というより、繋がって“しまって”いるんですよね。そう思うことで、目の前のことをやるしかない自分の無力さに完全に絶望してしまわないよう、気持ちをとどめています。
■書籍情報
『発注いただきました!』
著者:朝井リョウ
出版社:株式会社 集英社
価格:本体1,600円+税
<発売中>
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