『ワンダーウーマン』作者はふたりのフェミニストと家庭を築いていた その知られざる人生と作品への影響

第一波フェミニズム以降のフェミニズム

 2017年に公開されたパティ・ジェンキンス監督版の『ワンダーウーマン』は「ヒーロー映画で初めてのフェミニズム映画だ」と度々評されるし、監督・主演俳優のガル・ガドット自身も映画のPRでフェミニズムについて語り、さらにブルーレイの特典映像「作品を支えた女性たち」は映画業界の男女の不均衡を本作の当事者たちにインタビューする内容になっている。

 またラディカル・フェミニストのグロリア・スタイネムが1972年に創刊した、フェミニズム雑誌『ミズ(Ms)』の第1号の特集は「ワンダーウーマンを大統領に」と題され、同作のフェミニズム性を再検討する内容だった(余談だが、ジュリアン・ムーアがスタイネムを演じる評伝映画『The Glorias』が今年制作されたので、ぜひ日本で公開してほしい!)。

 ワンダーウーマンが時代を通じてフェミニズムのシンボルとして称揚されているのは、フェミニストが一方的に祭り上げているわけではなく、むしろマーストンの意図通り作品が受容されているからだと言える。

 最初に記した通り、彼はふたりのフェミニストと複数愛的共同生活を送ってきた。ワンダーウーマンのキャラクター造形には、彼女たち自身のパーソナリテイ、彼女たちから学んだフェミニズム思想も色濃く反映されている。

 特に驚かされるのはマーストンと生涯を共にした、オリーブ・バーンという女性だ。彼女はエセル・バーンという母親と、マーガレット・サンガーという叔母を持つ。このふたりは、「女の権利の獲得」という意味での「フェミニズム」という語が人口に膾炙し始める、1910年代に全米を揺るがしたフェミニズム活動家なのだ。彼女たちの思想の根幹に据えられているのは「女の身体的自由」だ。当時「女には性欲がない」とされ、セックスを楽しむことは社会的逸脱だと蔑まれ、キリスト教的に堕胎は重い罪であるとされていた(残念なことに両方とも、いまでも残り続けているが……)。彼女たちはこれに真っ向から反対し、『女性反逆者』というフェミニスト月刊誌を創刊。一種のフリーセックス的思想と、出産の自己決定権としての堕胎を訴えた。そして行動にも移し、避妊具の配布や、堕胎医療を自ら行い逮捕された。

 ワンダーウーマンそしてアマゾン族はみな、魔法のブレスレットを着けている。銃弾やあらゆる攻撃をはじき返す武器であると同時に、かつて男の支配に屈した愚行の戒めとしてアフロディテにいついかなるときも身につけるように命じられたものだ。強力な武器でありながらこのブレスレットは同時に弱点でもある。左右で対になるブレスレットを鎖で結ばれるやいなや、ワンダーウーマンのスーパーパワーは失われてしまうのだ。ちょうどその姿は、エセルとサンガーが手錠をかけられた光景に重なる。

 『ワンダーウーマン』に色濃い古代ギリシアからの影響や、なにより女だけが住む楽園「パラダイス・アイランド」の造形は、もう一人のパートナーであるエリザベス・ホロウェイによるものだった。ホロウェイは、古代ギリシアのレスボス島で活動した女性詩人サッフォーをこよなく愛していた。女性に対する愛についての詩を数多く残したサッフォーの詩に由来して、レスボス人( lesbian)=レズビアンという語の語源になっている。「月に代わってお仕置きよ!」といった感じに、キメ台詞として使われる「Suffering Sappho!(サッフォーの苦難)」は、当然ホロウェイによるアイデアだった。

 オリーブ・バーンとエリザベス・ホロウェイは、作品執筆の動機も与えた。ふたりとも大学院に進学し、教授職を熱望していながら男尊女卑的な大学当局に拒まれた。

  スパイダーマンにとってのピーター・パーカー、スーパーマンにとってのクラーク・ケントのような「シークレット・アイデンティティー(ヒーローの隠された素顔)」が明るみになる本書は、スキャンダラスな楽しみに満ち溢れていると同時に、セネカ・フォールズから始まるアメリカのフェミニズムの大河である。607ページにも及ぶ大著なので、6月に公開が予定されている『ワンダーウーマン1984』を待ちわびながら読むのにうってつけだ!

■秋山ナオト
エロ雑誌&書籍の編集者。『ライムスター宇多丸も唸った人生を変える最強の「自己低発」 低み』を構成&ライティング。『マーベル映画究極批評』(てらさわホーク)、『名探偵コナンと平成』(さやわか)、『暗黒ディズニー入門』(高橋ヨシキ)などを編集。
ツイッター:@Squids_squib

■書籍情報
『ワンダーウーマンの秘密の歴史』
ジル・ルポール 著
鷲谷花 訳
価格:本体3200円+税
出版社:青土社
公式サイト

関連記事