トッド・ラングレン、初の自伝は苦いバラード曲の歌詞のように……個人的エピソードに滲む諦念
一人称が”俺”で統一されている理由
しかし、この本を読みだした時に、下世話なスキャンダルネタが大好きな自分が期待したのは上記のようなエピソードではなかった。熱心なファンは知ってると思うが、トッドはエアロスミスのスティーヴン・タイラーの娘、自身も女優として成功したリヴ・タイラーを、かなり大きくなる時期まで、自分の娘として育て“させられ”ている。原因はトッドとスティーヴンと同時期に並行して付き合ってたカリスマグルーピー・ビビ・ビュエルが、妊娠した時にトッドの娘だと嘘の主張をしたためだ。最終的にビビは真相を告白しリヴは晴れてスティーヴンの娘になるのだが、まるでカッコウの托卵である。このロック史に残る珍事件についてトッド本人はどう思ってるのか? 長年の疑問に答えてくれるかもしれないと過大な期待をしてページを繰って行ったのだが……。あに図らんや、複数の章に渡って四文字言葉を連発しつつ本音をブチ撒けまくってくれている! リヴが読んだらかなり傷つくのではないかと心配になるレベルである(笑)。後半の展開の主軸と言ってもよく、最後は実にハートウォームな結末を迎えるのだが、個人的にこの部分を読めただけで元が取れたと思える充実度だった。
そういう怒りのパートで特にピッタリなのだが、今回訳文上の一人称は“俺”で統一されている。魔法使いやマッドサイエンティストといったトッドのパブリックイメージからすると、一見ソフトな“私”や“僕”の方が似つかわしい気がするのだが、訳者のあとがきで強いこだわりを持って“俺”が選ばれたことが書かれている。このことが全体的にべらんめえ調な勢いを醸し出して、11人のパワフルなアメリカ男性としてのトッドの肉声を感じさせてくれる。また各章は、エピソードの記述の後に必ずそこから一般化された教訓的なものを引き出して締められていて、最初はそれが親父の小言みたいな感じで鼻についたのだが、例えば「あっという間に恋に落ちた」理想の女の子・マーリーンとの苦い失恋話の章の締めの言葉……。
「問題は、自分が何について悲しんでるのかはっきりしないときだ。愛する者の突然の死なのか、頭の中に住み着いていた何かの突然の死なのか。前者であればどうしようもない。戻ってこないのだから。ただ夢はそもそも現実であるはずがなかった。それをどうやって葬れっていうんだ?」
次第に独特の諦念や無常感が伝わってきて……。そう、『夢は果てしなく』や『It Wouldn’t Have Made Any Difference』のようなトッドの苦いバラード曲の歌詞そのものなのだ。やはりこの1冊の本も、数多くの名曲群と同じ、まごうかたなき”トッド・ラングレンの魂”が込められた作品なのである。
■山下剛一(やました ごういち)
1969年生まれ。編集者・ライター。
■書籍情報
『インディヴィジュアリスト トッド・ラングレン自伝』
著者:トッド・ラングレン
翻訳:上西園誠
価格:3,300円(税込)
出版社:シンコーミュージック