GANG PARADE THE LAST ROAD Vol.11:ヤママチミキ「守りきれなかった」 11年の命がけの青春、最後に作り上げる“唯一無二”

GANG PARADE ラスト連載:ヤママチミキ

BiSHに「絶対に追いつきたい!」「追い抜きたい!」と思っていました

――サキさんが戻ってきてからの7人のギャンパレは、どうでした?

ヤママチ:やっぱりサキちゃんに頼りきりではなくなりました。グループとしての向上心も一層高まっていましたね。

――そして、メンバーが増えて9人体制になりました。

ヤママチ:合宿でマイカとリソリソ(ハルナ・バッ・チーン)がずっと組んでいたので、「これは絶対入るんだろうし、この子が入ったら面白い」と思ってました。月(ノウサギ)に関しても「精神がギャンパレにぴったり合う子だな」と感じていました。

――ギラギラした負けん気をすごく持っていた頃でもありますよね。

ヤママチ:「負けたくない!」という気持ちは、ずっと持ち続けていました。身近にBiSHというどんどん背中が遠くなっていくグループがあったので、「絶対に追いつきたい!」「追い抜きたい!」と思っていましたし。

――でも、メジャーデビューまでには時間がかかりましたね。

ヤママチ:なかなかお声がかからなくて。

――メジャーデビューは、9人になってから約1年後の2019年4月。5月にはナルハワールドさんも加入して、10人になりました。

ヤママチ:メジャーデビューした最初の年は、「このまま進んでいけば、いい状態になっていくんじゃないかな?」と思っていましたし、活動の規模感が大きくなったのも感じていました。でも、外側から見たら順調と思われていたのかもしれないけど、内側ではなかなか数字が伸びないという現状があったりもしたんですよね。人数も多くなって、どういうやり方がいちばん合っているのかを模索してる段階ではあったので。

――2020年に入った直後のサキさんの脱退発表は、どう思いました?

ヤママチ:……絶望(笑)。過去イチくらいの絶望でしたし、圧倒的挫折でしたね。「カミヤサキと一緒にできなくなる」という自分の活動のスタートとなった原点がなくなってしまうので、「今後自分はどうしたらいいんだろう?」という気持ちになりました。

――渡辺さんが「なんで脱退を止めないんだ」と言ったそうですが。

ヤママチ:止めようという気持ちにはなりませんでした。「なんで殴ってでも止めないんだよ」と言われた時に、「その選択肢はなかったな」とすごく思って。「やめます」と言われた時に「ああ、そうなんだ」と思っちゃったんですよね。でも、結局あそこで「サキちゃんの脱退を止めよう」と思っても、たぶん言葉にはできなかった気がします。もしその考えが浮かんでいたとしても、「自分が始めたグループなんだから、最後まで一緒にやろようよ」という言葉は呑み込んで終わってたと思います。

――サキさんの脱退が発表されたあとにはハルナさんが脱退して。そこからコロナ禍が始まって、ツアーもサキさんのラストライブも中止。ギャンパレはGO TO THE BEDSとPARADISESに分裂しました。

ヤママチ:しっちゃかめっちゃかですよ(笑)。でも、分裂は結果的にはよかったと思います。あのまんまGANG PARADEがあり続けて、コロナ禍の時期も活動ができていたとしても、今みたいな形にはなれてなかったと思うので。

――分裂によってどのようなことを得ました?

ヤママチ:みんながちゃんと一つひとつのことにより一層責任を持つようになったというのもあるし、考えるようにもなったと思うし、それぞれの考え方が深くなったというのはあるんじゃないかな。コロナ禍と分裂していた時期は、それぞれがやるべきことを見つける時間でもあったと思うので。

――「ギャンパレが再始動するかも」という予感はありました?

ヤママチ:考えてもなかったです。GO TO THE BEDSとして頑張っていこうとしていたので。

――まさかのPARADISESとしての活動もありましたが。

ヤママチ:びっくりしました。まさか『TIF』(『TOKYO IDOL FESTIVAL』)の楽屋で言われるなんて思わないし(笑)。

解散への悔しさと虚しさ「もっとできたことがあった」

GANG PARADE ヤママチミキ(撮影=はぎひさこ)

――ギャンパレの再始動も突然でしたね。2022年の元日にみんなで新聞広告を見て知ったわけですが。

ヤママチ:またできると思ってなかったですし、ギャンパレの曲をまた歌えるのがすごく嬉しかったです。次の日のライブの準備のために事務所に幽閉された時は、さすがに「どうしよう?」と思いましたけど。

――スマホを没収されていましたよね。

ヤママチ:「せめて振り動画だけは観させてくれ!」「覚えてないよ!」と思いました(笑)。

――再始動してからまた新メンバーが加わり、ギャンパレは13人になりました。

ヤママチ:「多いなあ」と思いました(笑)。楽屋にも入り切らないし、メンバーがひとりいなかったとしても気づかなそうだったし。でも、大人数のよさを思い知りましたね。迫力も出せるし、メンバーそれぞれの魅力があるから、ライブを観ても飽きないだろうし。

――ライブの会場も大きくなっていきましたよね。LINE CUBE SHIBUYAとかでもやるようになりましたから。

ヤママチ:ありがたいことに、いろんな会場でやらせていただきました。

【AFTER MOVIE】2024.11.30“TO BE BORN” @ LINE CUBE SHIBUYA

――そういうなかでメンバーの脱退もありました。

ヤママチ:すごく残念ではあったんですけど、「前を向かなくちゃな」と思っていた気がします。あんまりマイナスなほうに引っ張られることなく、続けられました。

――活動の規模をもう一回り広げられない歯がゆさもあった時期でもありますよね。

ヤママチ:そうですね。今の自分たちの実力をすごく思い知って、現実と向き合いました。もっと大きいライブ会場でやれる状況に行けたらよかったとは思うんですけど、自分たちの実力的にそれは無理だというのは数字でよく見えていたりもしたので。現状維持ではダメなんですけど、現状維持をしながらどんどん増やしていくことが最後までできなかったのは、悔しい点ではありますね。

――あの頃、ミキさんは『月刊偶像』でソロデビューしましたよね。曲は真部脩一さんが手掛けてくださった「遊園 me feat. ヤママチミキ(GANG PARADE)」。

ヤママチ:まさかソロでライブもやらせていただけるとは思ってなかったです。楽しんでできたし、メンバーのみんなも応援してくれました。遊び人(ファンの呼称)もすごく喜んでくれて。貴重な経験をさせていただきました。GANG PARADEやGO TO THE BEDSとはまた違った曲を歌うのも楽しかったです。

――充実した活動を重ねていたなかで、ギャンパレの解散が決まって。どんなことを思いました?

ヤママチ:「ああ、そっか」っていう気持ちと、「そうだよな」っていう気持ちと、悔しさはいちばん大きかった……かな。うん…………。もっとできたことがあっただろうし、自分のパフォーマンスについても「もっとああすればよかった」というのをたくさん思ってしまって。だからこその悔しさ、虚しさ、あとは「守りきれなかった」という申し訳なさはありましたね。でも、もう決まったことだし。

――解散について遊び人に直接伝えたのは、去年末のZepp Shinjuku (TOKYO)。メンバーを代表して話したのは、ミキさんでしたね。

ヤママチ:はい。あの時の記憶は、トラウマレベルなんですよ。遊び人も「ここで解散について話すんだろうな」と私が喋り出した瞬間に感じたと思うんですけど、「解散します」と口にした瞬間、あまりにも空気が凍ったというか。「自分の発した言葉でこんなに空気が重くなることあるんだ?」って、すごく怖くなっちゃって。涙を流してほしいわけではなくて、悲しい顔をしてほしいわけでもないのに、そういうことを自分がみんなの前で言っていることが悲しくて。あれはプチトラウマです(笑)。

GANG PARADE ヤママチミキ(撮影=はぎひさこ)

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