DEATH SIDE・ISHIYA、すべての想いを背負って挑んだステージ 仲間と刻んだ最後のアメリカライブ体験記 

DEATH SIDE ISHIYA、アメリカライブ体験記

 2026年8月22日と25日に、アメリカでDEATH SIDEのライブを行ってきた。前回のアメリカでのライブは2024年のロサンゼルスのフェスだったので2年ぶりのアメリカでのライブとなる。

DEATH SIDE・ISHIYA、5年ぶりアメリカでのパンクフェス体験記 Conflict、MDC、Dropdeadら素晴らしいステージも

DEATH SIDEのメンバーとして活躍するISHIYAが、5年ぶりの渡米となったアメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスで行われ…

 今回はペンシルバニア州ピッツバーグで行われる「SKULL FEST」と、ニューヨークでのライブになる。双方のライブとも、DEATH SIDEがメインアクトであり、東海岸となると2016年にニューヨークで行われた、DEATH SIDE初の海外公演以来だ。

ハードコアパンクバンド・DEATH SIDE、熱狂のNY公演をボーカルISHIYAがセルフレポート

筆者がボーカルをしているハードコアパンクバンド・DEATH SIDEは、1995年に解散したが、2015年から再びライブをやって…
イベントフライヤー
イベントフライヤー
イベントフライヤー
イベントフライヤー
イベントフライヤー
イベントフライヤー
イベントフライヤー
イベントフライヤー
イベントフライヤー
イベントフライヤー
previous arrow
next arrow
 
イベントフライヤー
イベントフライヤー
イベントフライヤー
イベントフライヤー
イベントフライヤー
previous arrow
next arrow

 毎年8月17日に行われる、DEATH SIDEの亡きギタリスト・CHELSEAの追悼ライブの翌々日の8月19日、俺たちは3人と2人の二手に別れ渡米した。先発組は俺とギタリストの弁慶、ベーシストのSHINYAの3人。後発組はドラムスのMUKA-CHINとギタリストのORIの2人だ。

永眠から7年——不世出のパンクギタリスト、CHELSEAの功績と人柄を振り返る

岐阜県で40.9℃の日本最高気温を記録した2007年の8月17日、ある一人のギタリストが熱中症で死んだ。CHELSEAと呼ばれた…

 先発の3人はワシントンD.C.で入国審査を受け、なんとか通過した。ピッツバーグ到着後は、機材や物販を確認したあと久々のアメリカを堪能していた。

ピッツバーグ Airbnb
ピッツバーグ Airbnb

 しかしここで、俺には少しだけ懸念があった。後発組もワシントンD.C.で入国なのだが、入国が終われば連絡があるはずだ。しかし全く連絡がない。一抹の不安を胸に抱えながら、後発組の到着時間前に空港へ迎えに行った。

 後発組の到着時間が夜遅かったのと時差ボケで、俺は車の中で寝てしまっていたのだが、弁慶の尋常ではない呼びかけで起こされた。

「ISHIYA君、大変です! 向井さんとORIさんが入国拒否で強制送還されたみたいです」

「なんだと?」

 俺は思わず飛び起き、詳細を聞いた。しかしその詳細は書けない。なぜならば、この記事は無料公開記事であり、不特定多数の誰もが簡単にアクセスできる情報だからだ。簡単に説明すると、先発の3人でも俺だけが荷物検査など執拗な入国審査を受け、ギリギリの入国だった。俺たちに関して公開されている情報が、入国審査に大きな影響を与えたと考えてもらっていい。この件に関する俺の想いは、RoofTopの連載「異次元の常識」の方に詳しく書いているので、興味のある方は読んでみてほしい(※1)。

 俺たち3人とオーガナイザーであるクリスは、この緊急事態に非常に焦った。すぐにホテルへ戻り、緊急会議を開いた。まずはライブをやるかやらないかだ。DEATH SIDEは今回のアメリカ公演でメインアクトであり、みんなが楽しみにしてくれている。それに入国できなかったメンバーの思いを考えると、ここでライブをやらないわけにはいかない。しかし、ドラムがいない。

 もしドラムを現地の誰かに頼んでやってもらうとすれば誰がいいか。各自様々な意見が飛び交う中、オーガナイザーのクリスが言った。

「DETESTATIONのジョー以外考えられない。彼ならやってくれるはずだ」

 ジョーは来日経験もあり、旧知の仲だ。住んでいるところもニューヨークで、彼しかいないだろうということで、早速クリスが連絡すると、やってくれると言うではないか。急遽、飛行機を手配し、DETESTATIONのジョーをヘルプドラムに迎え、DEATH SIDEのアメリカ公演を実施することとなった。いったい何曲できるのか。時間は2日しかない。それぞれの不安を胸に、アメリカ初日は終了した。

 翌日、空港へジョーを迎えに行き、感謝の言葉を述べると、気にしなくていいとの返事。

 「俺はDEATH SIDEの大ファンだ。ずっと聴いているし、MUKA-CHINのドラムが大好きなんだ。DEATH SIDEでプレイできることを光栄に思っている」

 こんなことまで言ってくれ、他の3人のメンバーも気合いが入る。

 「練習はすぐにするのかい?」

 ジョーが俺たちに聞いてくる。この後すぐに、クリスの家の地下で練習すると伝えた。さて、どこまでDEATH SIDEの曲ができるか。それが一番の問題だ。ジョーが仮眠から起きてくると、早速地下室で音を出す。

ピッツバーグ クリス宅 練習前
ピッツバーグ クリス宅 練習前
ピッツバーグ クリス宅地下 練習
ピッツバーグ クリス宅地下 練習

 合わせてみた感想は「昨日の今日でここまでできるのか!」と、はっきり言ってびっくりした。細かい修正は必要だが14曲はできてしまった。さらに、やりたい曲のリクエストまでしてくる。どれだけ凄いんだ、ジョー。俺たち3人は手応えを掴んだ。すると、ベースのSHINYAが俺に言ってきた。

 「バックは俺たち3人に任せてください。ISHIYA君がちゃんとできるようしっかりやりますんで、あとは任せました」

 確かにこの状態で、DEATH SIDEを背負えるのは俺しかいない。もちろん弁慶もSHINYAもORIもDEATH SIDEのメンバーで間違いないのだが、オリジナルメンバーは俺だけで、MUKA-CHINはほぼオリジナルメンバーだが、ここにはいない。全ての思いを背負って最後のアメリカでぶちかますしかない。俺は固く心に誓った。

 その日は練習を終え、SKULL FESTの期間中滞在する宿へ向かった。会場のSPIRITまでは歩いて行ける距離だ。

 翌日の練習でもジョーは完璧で、アンコールまで想定した全14曲ができるようになった。あとは本番で全てを出すだけだ。練習後はいったん宿へ戻って休み、SKULL FEST初日のライブを体験するためSPIRITへ向かった。

ピッツバーグオーガナイザー DeadSkyクリスと
ピッツバーグオーガナイザー DeadSkyクリスと

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる