水咲加奈:喫茶店を巡る旅の記憶、行き届いた表現の温かさ 土砂降りの日に逃げ込んだ『No Cafe, No Life』を振り返って

急に天気が悪くなって近くの喫茶店に逃げ込んだことが僕の人生には数え切れないくらいある。この日も結果的にはそんな日になった。
8月22日、渋谷 JZ Brat SOUND OF TOKYOでシンガーソングライターの水咲加奈が開催したライブ『No Cafe, No Life vol.2』に行った。渋谷 JZ Bratは渋谷駅近くのセルリアンタワー2階にあるお洒落なジャズクラブで、この日は100人限定のライブだった。夕方の開場時間に目掛けて家を出発したのだが、途中で空と海が逆さまになったのかと思うくらいにとんでもない勢いで雨が降り始め、道路もズボンもずぶ濡れになってしまった。そんな中なんとか開場少し前にセルリアンタワー2階に着き、屋根のある場所から、雨を浴びる渋谷の街の灰色の景色を呆然と眺めていた。
そうこうしているうちに会場がオープンした。中に入るとそれはもう優雅な空間で(僕はJZ Bratに来るのは初めてだ)、ひと心地つく。この日開催される水咲加奈によるライブ『No Cafe, No Life vol.2』は、水咲が2023年にスタートさせたプロジェクト『水咲カフェ』と連動したライブである。『水咲カフェ』は水咲が実在するカフェに行き、そこを題材にした1分程度の曲を制作、毎週配信リリースするというもの。2023年8月にスタートしたこのプロジェクトは2025年7月に100週連続配信を達成。2026年4月からは「関西編」がスタートし、目下30週連続でリリースを行っている最中である。今回の『No Cafe, No Life vol.2』は、その現在進行形で行われる「関西編」の楽曲に絞ったコンセプトのライブだ。

水咲が「水咲カフェ」を始めるきっかけになったのは曲作りのスランプだったという。家にいることがつらくなり喫茶店に逃げ込んだところから『水咲カフェ』は始まったと本人は以前SNSに記していた(※)。自分が歩いている道筋から少し“ズレた”場所に入ってみることで心が軽くなったり、何かのヒントを得られたりすることがある。自分が見ていた場所から少しズレた場所にも空間があり、歴史があり、生きている人がいる。それが無性に嬉しく、救いになることがある。この日僕もそんなことを感じながら『水咲カフェ』に入っていった。

ライブは約100分間にわたり行われた。手作りの温かさがあり、そして神経が研ぎ澄まされたライブだった。ステージピアノとシンセサイザーを操りながら、滋賀、京都、和歌山、三重、奈良、大阪、兵庫……と、水咲はまるで旅をするようにそれぞれの土地のカフェをモチーフにした楽曲を演奏した。「ドライブインみゆき」(無論、これは曲名であり店名である)から始まった滋賀のセクションはピアノ弾き語りで5曲を演奏。続いて「華林唐」からスタートする京都の楽曲の演奏を始める前には、電車が走る音のSEが水咲の手元の機材から流された。その音が“旅”を想起させる。旅は目的地がないからいいのだと思う。旅は移動そのものに居場所があるからいいのだと思う。京都の楽曲4曲を披露し終えると、チクタクと時計の音のSEが再び水咲の手元の機材から流れ出し、和歌山の喫茶店の楽曲へ。日常生活で時計を見るときは時間が進んでいることを確認するわけだが、時計の針の音だけが聴こえてくると、時間は果たして進んでいるのか、戻っているのか、わからない。「ヒスイ」を皮切りに和歌山の楽曲は全てシンセサイザーで演奏された。うにょうにょとしたシンセの音は、ときに空間を奇妙に感じさせる。「ここはどこだっけ」――そんなふうに日常を歪ませるのも喫茶店のよさだ。シンセを操るとき、立ち上がって可憐に踊るようにして歌う水咲の姿も印象的だった。

1曲1曲、演奏する前に水咲はその喫茶店に行ったときの思い出を語った。言葉は台詞のように考え抜かれていたが、水咲は何かを読んでいるふうではなかったので、30曲分、喫茶店を紹介するための言葉が暗記されていたのだろう。水咲の「見せたいもの」に対しての強い意志と覚悟を感じた。
1分程度の楽曲が立て続けに演奏されていく、と書くと断片的な曲が披露される実験的なライブと思われるかもしれないが、『水咲カフェ』の場合は1分程度でも美しいメロディやドラマチックな展開、それに楽しいビートがあり、曲自体はとてもポップなのである。1分程度の時間の中で世界は構築されている。“実験的”という形容は僕らのような仕事をしている人間が簡単に書いてしまう言葉だが、何が実験的かはそのアーティスト次第である。水咲は、自分自身の複雑さを「これが私の王道だ」と見定めて歩いているようだった。

楽曲では、その喫茶店の風景やメニューが歌われるだけでなく、その場所に行ったときの水咲の心情や、その場所で育んだ関係性、得たこと、空間の雰囲気、そういうものが混ざり合って歌われている。だから『水咲カフェ』の曲がその喫茶店のCMソングになるかと言えば、それはわからない(無論「したい!」というマスターはいるだろうが)。水咲は出会いや歴史も含めて“その場所にいる(いた)”ということを表現することで、“生”を歌っていた。それは自分自身の内面をひたすら掘り下げることによって曲に思いを託していくシンガーソングライターの在り方とは少し違うものだ。ある意味、水咲は自分自身が喫茶店のような“場”になることで、生の豊かさを表現していたと言える。

会場のバーカウンターの背景にあるスクリーンには、演奏される楽曲のモチーフとなった喫茶店の外観や店内、メニューなどの写真が映し出され、水咲の演奏や体の動きと共に没入感のある空間を生み出した。古くて味のある外観の喫茶店もあれば、リッチな内装の喫茶店もあった。飲み物や食べ物や食器の見た目も場所によってまったく違う。このライブに一緒に来ていたリアルサウンド編集部の信太さんは、帰り道に「腹減りましたねぇ」と言っていた。時折スクリーンに写真が映し出される喫茶店の食べ物や飲み物が、とにかく美味そうだったのだ。


この日はまだ配信されていない『水咲カフェ 関西編』の楽曲たちも披露された。ライブ終盤には、この日入り口で観客たちに配られた「あったらいいな こんな喫茶店」というお題のアンケートをもとに、水咲が即興で楽曲を制作し、披露。観客参加型のセクションである。音楽を通じて他者と通じ合っていくことの喜びを謳歌するように、そのとき空間はとても幸福な空気に包まれた。そしてライブの最後には、リリースされたばかりの新曲「ナイフ」をピアノ弾き語りで披露。「ナイフ」は現実を歌っている。それは「これは実際の出来事の歌です」という話ではなく、取り繕うための鎧のような言葉が溢れたこの世の中で、決して目立つ場所に表れることはないかもしれないが、しかし確実に存在する人の心の姿を歌っている、ということである。その剥き出しの痛みが、繊細さが、祈りが、美しく素朴なピアノ弾き語りで強く伝わってきた。

MCで言っていたが、水咲は『水咲カフェ 関西編』の楽曲を作るため、たった5日間で30件の喫茶店を回ったという。「好きなことをやるって大変ですね」と、彼女は言った。帰るとき、会場の出口で水咲本人が観客たちにお菓子を配っていた。それをもらって外に出ると、ひどかった雨はもう上がっていた。家に帰り、出口でもらったチョコクッキーのパッケージを改めて見たら、それは水咲の地元・福井県で作られたものだった。細部まで研ぎ澄まされた表現は、人を圧迫するのではなく、人をほっこりと温かい気持ちにさせる。そんなことを改めて感じた。
(※)https://www.instagram.com/p/DWqkKSpEhBF/

























