GANG PARADE THE LAST ROAD Vol.6:月ノウサギ「アイドルになりたかった夢を叶え切った」 嘘のない感情、“諦めない”理由
今ならわかる渡辺淳之介の言葉「誰かひとりでもあいつのこと怒れよ」
――加入して最初の作品は『GANG 2』でしたね。先輩メンバーたちは、どのように迎えてくれました?
月ノ:みんな優しかったです。「新メンバーが入る」という覚悟を胸に合宿を見てくれてたっぽくて、一緒に入った私とハルナ(・バッ・チーン)の歓迎ムードを作ってくれていました。「新しいメンバーが入ったギャンパレをいいものにしよう!」という気持ちを7人がすごく持ってくれていたのが伝わってきて、そのことに今でも感謝してます。そういえば、初めてのレッスンの時にドッキリを仕掛けられたのも忘れられないですね。
――どんなドッキリを?
月ノ:私とハルナはレコーディングがあって、全体練習にちょっと遅れて合流するスケジュールだったんです。練習しているところに行ったら、すごく怒ったドク(ユイ・ガ・ドクソン)が座っていて、そのまわりでほかのメンバーが正座していて。「ヤバい時にきちゃった?」ってなったんですけど、「ドッキリだよ~ん!」って(笑)。今思えば、ドクがその立場になるって絶対にあり得ないんですけど。
――初ライブは、4月17日のZepp DiverCity (TOKYO)でしたね。
月ノ:はい。1曲目が「Beyond the Mountain」。初めてマイクを通して歌った時に遊び人が歓声をあげてくれたのは、忘れられない思い出です。あの時のセトリ、最後のほうで体力を使う振り付けの「TIE」と「pretty pretty good」が続いて、泣きそうになったのも覚えています。つらすぎて。先輩メンバーには「ここだけは死ぬ気で頑張れ!」「どんなに疲れていても死ぬ気でやれ!」と言われていました。大変だったなあ。
――新人の頃に向き合った課題は、どのようなことでした?
月ノ:「新メンバーとして入ったからには、今までにない魅力をギャンパレに持ってこないと意味ないよな」って。しかも、一緒に入ったのがハルナで、対照的なふたりだったから。ハルナはお披露目ライブもボロボロで、フォーメーションもマイカに手を繋がれて連れて行かれてて(笑)。でも、それが不思議と魅力になる新メンバーだったので、「自分はああはなれないな」「私はまっすぐ頑張ろう」と。だから、まずは完璧にして「入ってよかった」とみんなに思ってもらえるように頑張ろうと思っていました。
――月ノさんとハルナさんが入って9人体制になって、そこから約1年後、2019年4月17日に『ブランニューパレード』でメジャーデビュー。新人の頃は、グループとしても大きな変化が続いた時期ですね。
月ノ:「ここからどんどん行くぞ!」という勢いがめちゃくちゃあった時代でした。メジャーデビューはもちろん嬉しかったですけど、「今までやってきたメンバーのみんなと遊び人のおかげだ」「ここからだぞ」という気持ちが私のなかではいちばん強かったです。
――メジャーデビューの翌年、2020年は、ギャンパレにとって動乱の日々なんですよね。年明けにカミヤサキさんが脱退を発表して、2月にハルナさんが脱退。そして、GO TO THE BEDSとPARADISESに分裂。いろいろなことが重なりました。
月ノ:そこにコロナ禍も被ったんですよね。
――あそこに至るまでに、なんか上手く歯車が嚙み合わない感じになった理由のようなものは、どのようにとらえていますか?
月ノ:うーん……………なんて言うんだろうなあ。いろんな経験をしてきたからこそ思えることなんですけど、一人ひとりが責任感をもっと持つべきだったな、って。あの頃、サキさんがGANG PARADEに対しての責任と重圧をいちばん感じていたと思うし、それをほかのメンバーが感じ切れてなかったというのは、すごくあったと思います。サキさんがやめるとなって、そのあと渡辺さんに「誰かひとりでもあいつのこと怒れよ」って言われたんですけど、当時は意味がわからなかったんです。「サキさんがやめる理由はうちらにもあるしな」という気持ちがあったので。でも、今となってはわかるんですよ、「今だったら怒れるな」と。「いや、おまえが作ったグループだろ」って今だったら言えるし、そう言える気持ちになれたのは、それだけ今の自分がGANG PARADEというグループに対して責任を持てるようになったから。当時はそれができてなかったからこそ言えなかったし、言えなかったことがすべてだったんじゃないかな。だから、やり切れなかったし、溝が生まれちゃったんだと思います。
――サキさんがやめることに対する当時のメンバーの反応は、どんな感じでした?
月ノ:びっくりというか、「どうしよう?」っていう感じでした。私は入って数カ月くらいの頃、サキさんに「私はたぶんあと数年でやめると思う」という話をされたことがあったんですよ。でも、想像以上に早くて戸惑いましたね。「えっ? もういなくなるの?」みたいな。
あの一年がいちばんつらかったですね、やっぱり。激動すぎました
――そして、2月に同期のハルナさんが脱退しました。
月ノ:突然でしたね。サキさんがやめる時がいつかくると覚悟していたし、やめるまでに数カ月の期間があったから、そのことを呑み込む時間があったけど、ハルナは本当に急だったのでショックでした。同期だったし、大事に思っていたから。
――サキさんの脱退公演は5月22日の中野サンプラザの予定でしたが、コロナ禍で中止。開催されたのがその1年後となったことに関しては、いかがでした?
月ノ:今となっては1年後になってよかったなと感じます。1年間、GO TO THE BEDSとPARADISESでそれぞれが頑張って、1年後に合流して、サキさんも合流した時、みんながあの時以上にGANG PARADEに対して責任と愛を持った状態で集まった感じがあって。「やっと同じラインに立ってステージにいる」という感覚があったんですよね。あの時の中野サンプラザは自分のなかでも記憶に残ってるし、大事なステージだったなと思っています。
――GO TO THE BEDSとPARADISESの分裂については、今振り返ると、どのようにとらえていますか。
月ノ:あの時間は必要だったな、って。分裂は意味があることだったと思います。コロナ禍じゃなかったらもっといろんなことができていたかもしれない、という残念な気持ちもありますけど。
――月ノさんはPARADISESの時期、2021年1月3日から半年間、WAggへのレンタル移籍もしましたよね。
月ノ:はい(笑)。いやあ……びっくりしたけど、すぐに納得したんです。PARADISESの時にWAggのオーディション企画があったんですけど、「WAggのみんなに教え切れなかったな」という気持ちがあったんですよ。そう思っていたところでの異動だったので、「おまえ、もうちょっと頑張ってこい」ということなんだろうなと察しました。
――2021年の動きは、かなり激しかったですよね。
月ノ:GO TO THE BEDSとPARADISESの全メンバートレードもあって、年が明けてギャンパレ再始動……あの一年がいちばんつらかったですね、やっぱり。激動すぎました。一年でWAgg、PARADISES、GO TO THE BEDS、GANG PARADE、4グループやってますから。
――ギャンパレの再始動の発表は元日。メンバーも新聞広告で知りました。
月ノ:そうでした。新聞を見た時は「信じられない」という気持ちと、「嬉しい」という両方がありました。
――そこから新メンバーが加入して、新しい形のギャンパレになっていきました。
月ノ:13人になったからフォーメーションも工夫したり、「13人のGANG PARADEを作ろう」というふうにみんなでシフトチェンジしていったあの空気感は、すごくよかったですね。
――そういうなかでカ能セイさん、テラシマユウカさんがやめて、11人になったのが2024年です。
月ノ:その前の年にBiSHが解散して、WACKも変化の時期だったというか。その頃に、渡辺さんから「結果を残せなかったら先はないよ」という話をされました。WACKに残る人生と、一度区切りをつけて自分の別の人生を歩む決断。その両方を考えて、「自分の人生を頑張りたい」という人はWACKを離れていったんだろうし、それも正解。そういうふるいにかけられた時期だったと思います。
――解散が正式に決定した時は、どのように思いました?
月ノ:うーん………………明確に「解散が決まりました」と言われた瞬間があったわけじゃないんですよね。ずっと言われてきたことが現実になったという感じだったので、悔しい気持ちはもちろんありました。……………うん、あったね。けど、なんか実感がずっと湧かなかったです。実感が湧き始めたのは、ここ数カ月なので。
――去年の12月のZepp Shinjuku (TOKYO)でみなさんから直接遊び人(ファンの呼称)に伝えて、そこで現実味を帯びたという感じでしょうか。
月ノ:そうですね。遊び人に言ったあと、やっとそこで実感が湧いたかな。