吉田綾乃クリスティー卒業、乃木坂46 3期生は2人へ 加入10周年を前に振り返る12人の歩み

 乃木坂46の吉田綾乃クリスティーが、8月9日にマリンメッセ福岡A館で行われた『真夏の全国ツアー2026』福岡公演をもってグループを卒業した。2016年、3期生として加入してから約10年。吉田の卒業によって、12人で始まった3期生は伊藤理々杏と岩本蓮加の2人となった。9月4日には加入10周年を迎える。

 最初の卒業生が出るまで5年間を12人で走り、その後は多くの仲間を送り出してきた3期生。今回の卒業は、ひとりのアイドルの旅立ちであると同時に、乃木坂46の一時代を支えた世代がまた大きな節目を迎えたことを感じさせる。

誰一人欠けずに歩んだ5年間、吉田綾乃クリスティーの温かな存在

 筆者が3期生に抱いてきた印象は、誰かひとりの色に染まるのではなく、それぞれが時間をかけて自分の役割を見つけていった世代だということだ。加入直後には舞台『3人のプリンシパル』や3期生単独ライブを経験し、初めての期別楽曲「三番目の風」とともに、自分たちの色を作っていった。まだ先輩たちの背中を追う存在だった12人が、そこから少しずつ乃木坂46の中で存在感を高めていく。

乃木坂46 『三番目の風』Short Ver.

 加入翌年には大園桃子と与田祐希が18thシングル表題曲「逃げ水」でWセンターに抜擢。山下美月は26thシングル表題曲「僕は僕を好きになる」で初センターを務め、久保史緒里と山下は32ndシングル表題曲「人は夢を二度見る」でWセンターに立った。さらに梅澤美波は3代目キャプテンとしてグループを牽引。先輩たちから受け取ったものを次の世代へ渡していく役割も、いつしか3期生が担うようになっていた。

 もちろん、センターやキャプテンだけが3期生の約10年を作ったわけではない。選抜とアンダー、ライブ、舞台、映像、ラジオなど、それぞれが異なる場所で経験を重ねてきた。伊藤、岩本、阪口珠美、佐藤楓、中村麗乃、向井葉月、そして吉田も、自分の居場所を見つけながらグループを支えてきたメンバーたちだ。全員が同じ速度で前へ進んだわけではないからこそ、12人が並んだ時に生まれる厚みが3期生の魅力だったように思う。

3期生・12人揃ったラストメッセージ「3期生のみんなへ」

 その関係性を象徴していたのが、最初の5年間だった。2021年9月4日に大園が卒業するまで、3期生は12人のまま活動を続けた。公式YouTubeで公開された『3期生・12人揃ったラストメッセージ「3期生のみんなへ」』では、それぞれが同期への思いを言葉にしている。5年間誰も欠けることなく過ごした時間があったからこそ、その後メンバーがそれぞれの道を選んでいく中でも、“12人の3期生”という感覚は強く残り続けたのだろう。

 2024年以降は山下、阪口、向井、与田、佐藤、中村、久保、梅澤と卒業が続いた。一方、2024年の35thシングル表題曲「チャンスは平等」では、当時在籍していた3期生11人が全員選抜入り。吉田も加入8年目にして初選抜を経験した。11人が同じ表題曲のフォーメーションに並んだことは、3期生の歩みを振り返る上でも象徴的な出来事だった。

乃木坂46『チャンスは平等』

 その中で吉田は、最年長でありながら前に出すぎることなく、周囲にそっと寄り添うような存在だった。8月2日放送の『乃木坂46の「の」』(文化放送)では、菅原咲月が37thシングルのアンダーライブ期間中、吉田から「背負わなくていいんだよ」と声をかけられたことを明かしている。菅原はその言葉が嬉しかったと振り返っており、後輩の置かれた状況や気持ちを汲み取りながら、さりげなく支えていた吉田の人柄がうかがえるエピソードだ。

 長くアンダーで活動し、初選抜まで8年を要した吉田だからこそ、立場や役割によって生まれる重圧を知っていたのだろう。何かを強く教えるのではなく、相手が抱えているものに気づき、必要な時に言葉を渡す。そんなあり方もまた、吉田が乃木坂46で担ってきた役割のひとつだった。

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