GANG PARADE THE LAST ROAD Vol.3:チャンベイビー「先の人生、これを超えられるのかな?」 従い続けた直感、見つけた自信
2026年、GANG PARADEは解散する。その事実を前にして、彼女たちは今何を思うのか――。「信じたくない」といまだに思っているかもしれない。もうずっと前から終わりを覚悟していたと思っているかもしれない。あるいは、ただ静かに、胸の奥に何かが積もっていくのを感じているだけかもしれない。その最後の心の機微をリアルサウンドは全力でキャッチしようと思う。最初で最後のGANG PARADEメンバーのソロインタビュー連載をここに始める。撮影のために、メンバーにはいちばんお気に入りの衣装、いちばん思い出深い衣装をそれぞれに選んでもらった。インタビューの最後には、GANG PARADEの衣装をすべて手がけてきた外林健太のコメントも掲載する。最後の道を歩く11人の声、思いをここに刻んでいこうと思う。
第3回目に登場するのは、チャンベイビー。チャンベイビーとは、常に夢を見てきた人である。人前に立つことが好きだった幼少期、K-POPアイドルを見てひとり韓国へ渡った学生時代……まわりが“現実”を見始める年頃になっても、ずっと「自分が何をやりたいのか」にまっすぐだった。憧れを追いかけて疲れ果てて帰ってきた日本で追いかけたのは、夢というよりも“自分にできる何か”と言ったほうがもしかすると近いのかもしれない。しかし、そこで掴んだのがWACKであり、GO TO THE BEDSであり、GANG PARADEだった。
WACKに出会ってから先は、「全部がいい思い出なんです」と彼女は言っていたが(特性として「記憶を美化しちゃう」と笑ってもいた)、今回話してもらったのは、自信のすべてを失った少女が取り戻した光と、その先で過ごした濃密な時間の記録である。合宿を経てGO TO THE BEDSに加入し、GANG PARADEの再始動を経験し、仲間に弱みを見せられなかった自分が、いつしか「助けて」と言えるようになっていった日々。GANG PARADEという場所で自分にしかできないこと、自分のいる意味を見つけた時の霧が晴れたような気持ち。そして、解散を前にした今。チャンベイビーは、その時その時でいちばん大事なものを選んできた人だ。夢を見て、それを追いかけられる人だ。だから、解散の先に選ぶのも、きっと彼女にとっていちばん大事なものが宿った、そんな選択肢なのだと思う。この未来予想図こそが、私が、私たちが彼女を信じられる理由なのだ。
一歩一歩、一つひとつ、自分の直感に正直に生きてきたチャンベイビーが今GANG PARADEに、そしてこの日本にいてくれることの幸福を感じられる、そんなインタビューになったと思う。今の彼女の迷いのない純な眼差しと輝きを受け取ってほしい。(編集部)
韓国での挫折、母との約束「もう絶対にアイドルはやらないから、日本に帰らせて」
――誕生日は7月23日。大阪生まれでしたっけ?
チャンベイビー:はい。1歳になる前に引っ越して、東京に住んでた時期もあったんですけど、幼稚園くらいからずっと神奈川です。
――ご兄弟は?
チャンベイビー:私、妹、弟の3人です。いちばん上って言うと、びっくりされます(笑)。
――最初の記憶は?
チャンベイビー:えー、なんだろう? 小っちゃい頃の動画とかをよく家族と一緒に観たりするので、それが自分の記憶みたいになっちゃってるんですけど……人前でアナウンサーごっことかしていました。ベッドの上に立って歌って踊って、床に座ってる家族に聴いてもらったり。みんなの前で寿限無を披露したりとか、「みんな聞いて!」みたいなことがとにかく好きだったんです。
――親御さんも芸事がお好きなんですか?
チャンベイビー:そういう感じではなかったです。ママは音楽を聴くのが好きで、影響は受けたと思うんですけど。
――習い事は何かしていました?
チャンベイビー:幼稚園の頃からモダンバレエを習い始めて、踊ることは好きでした。勉強は全然でしたけど(笑)。運動も得意ではなかったです。モダンバレエは10年くらいやっていましたね。
――モダンバレエは、自分から「習いたい」と言ったんですか?
チャンベイビー:ママが昔バレエをやりたかったからなのか、子どもに習わせたかったのかはわからないんですけど、教室に連れて行かれて始めた感じでした。週に3回、10年くらいやってました。でも、あんまり好きじゃなかった記憶があります(笑)。途中からヒップホップダンスも習い始めて、そっちのほうが楽しかったです。
――じゃがりこの緑が好きなのは、その頃から?
チャンベイビー:それはWACKに入ってからです。でも、そのキャラはもうやめました(笑)。
――(笑)。ダンス以外で小さい頃に好きだったことは?
チャンベイビー:K-POPは当時から好きでした。そのちょっと前にAKB48さんにハマって、生写真を集めたりしていましたけど、K-POPと出会ってからはそっちにどハマりでした。最初はKARA、少女時代――かわいくてスタイルがよくて、歌とダンスが上手なグループに惹かれたあとに、2NE1を好きになりました。ファッションの影響を受けたのも2NE1が最初でした。ヒップホップを習いたいと思ったきっかけにもなって、新しい衝撃でしたね。
――小学生の頃の将来の夢は?
チャンベイビー:アイドルになりたかったです。ずっと夢見がちだったので、まわりからは笑われてたんじゃないかなと思います。
――アイドルになるために具体的に動き始めたのは、いつ頃からでした?
チャンベイビー:小中学生の頃から、ずっとアイドルになりたかったです。韓国のアイドルに憧れがありました。でも、その頃は留学を仲介してくれるような会社が今ほどはなかったので、どうしたらいいのかわからないまま、なんとなく過ごしていたんです。留学してみようと思うようになったのは、高校に入ってから。韓国の芸能スクールに通うようになりました。
――日本で芸能活動した時期もありましたよね。
チャンベイビー:はい、留学をする前に。友達に「オーディション受けてみない?」と誘われて、受けたら合格したので、やってみることになったんです。でも、やっぱり韓国アイドルへの憧れがあって。グループの活動が終わった時に住み始めて、スクールに通い始めました。それまで全然勉強をしてなかったので、校長先生には「このままじゃ留学できないよ」と言われました(笑)。でも、なんとか韓国に行くことができました。高校くらいになると、まわりの子たちは現実を見るようになって、やりたいことを見つけるようになっていましたけど、私のやりたいことは変わらなかったです。親も応援してくれました。
――住んだのはソウル?
チャンベイビー:ソウルです。レッスンを受けて、オーディションを何十回も受けました。レッスンは厳しかったですね。私、それまでは結構自信があったほうだったと思うんですけど、韓国に行ってから打ちのめされました。すごい人がまわりにたくさんいたので。「もうダメかも」と思って一回日本に帰って、でもやっぱり諦められなくて、もう一度韓国に行った時に運よく合格して、芸能事務所の練習生になりました。韓国は事務所の練習生になるまでが大変なんです。そこからは、またゼロからのスタートだったので大変でした。事務所内の人間関係の大変さもあって、自信もなくなってたし、いろいろ疲れてしまって。それで日本に帰りました。コロナ禍がひどくなる直前、2020年の3月でしたね。
――日本に戻ってからは、どのように過ごしていました?
チャンベイビー:もともと自信があったのに打ちのめされて帰ってきたし、やりたかったこともなくなってしまって、本当にしんどくて……人生でいちばん暗かったと思います。ママはすごく応援してくれていたので、韓国の事務所をやめる時に大喧嘩しました。「やめないほうがいい」と説得されて。私も疲れてしまったので、「もう絶対にアイドルはやらないから、日本に帰らせて」と言ったんです。でも、帰ってきてからも心のどこかで「アイドルをやりたいな」「やりたいことは決まってるけど、『もうやらない』って言っちゃったしなあ……」っていう感じでしたね。
――次の目標に向かって動くこともできないですよね。
チャンベイビー:コロナ禍だったので、何もやっていないことがギリギリ許されていた感じでした。家にいるのも仕方のない時期だったので、なんとか自分を保つことができたというか。そんなふうに過ごしていたんですけど、たまたま「WACKちん」(「Project WACKちん」)の情報をTwitter(現X)で見たんです。当時、WACKのことは全然知らなくて、なんとなく見ただけだったんですけど、気になって。あのオーディション、最初の頃は顔出ししなくてよかったんです。だから、「これだったらママにバレなくない?」みたいに思って。
――オンラインでのオーディションでしたよね。
チャンベイビー:そうです、全部オンラインでした。最初は顔出しなしで、少し経ってからはマスクした状態で、ちょっとずつ顔を出していく感じで、渡辺(淳之介)さんから出された課題をネット上でやるオーディションでしたね。
――どんな課題がありました?
チャンベイビー:特技披露とか、「BiSさんの悪口を言え」とか(笑)。
――ひどい(笑)。
チャンベイビー:(笑)。生配信でやるようになってからは、人数がだんだん絞られて、渡辺さんと面談をしたりとか。