「叩いて音が出ればなんでも面白い」 THE SPELLBOUND、Dos Monos……大井一彌が追求する“電子音楽×生演奏”の可能性

THE SPELLBOUND、YOASOBIに息づく高橋幸宏のDNA

――THE SPELLBOUNDのライブはツインドラムが大きな特徴です。福田洋子さんとの役割分担はどのように構築していったのでしょうか?

大井:THE SPELLBOUNDの音楽は、生のドラムっぽい、ラウドな、人間的なグルーヴと、電子的な、メカニカルなフレージングのビートと、必ず2レイヤーが重なっているんです。そもそものリズムの構築がそうなってるので、これはふたりいないと成立しない。もちろん、ドラマーがひとりだったら、電子っぽいパートは同期を流して、生っぽいパートだけドラマーが叩けばよくて、ブンブンのライブは実際そうしてきたはずで。でも、さっき言ったような乱数を電子的な側にも取り入れるために、僕が機能していると思っていて。だから洋子さんと僕の住み分けは、やっぱり洋子さんが生的で、僕が電子的。もちろん、そこには広い汽水域があって、いろんなことを相談しながら作っているんですけど、帯域的にいうと、洋子さんが真ん中にドーンといて、僕がそれより上の方の帯域と、かなり下の方の帯域を埋めて、それで全部の帯域を埋められるように意識はしています。

――セッティングに関して、パッドやトリガーを組み合わせること自体はいろんな現場でやっていると思いますが、THE SPELLBOUNDならではの工夫はありますか?

大井:まずはやっぱり音楽的に、電子音の比重が大きくて、ハイブリッドでやってるほかのアーティストと比べても、僕が出す音に求められるものがはるかに多いから、音の精査は果てしなくしてます。あとは楽器ですかね。僕がTHE SPELLBOUNDで使ってるのは、高橋幸宏さんが使っていたキットで。やっぱり幸宏さんは、日本において電子音楽と生のドラムの融合をずっと研究し続けてきた人でもあるし。

――大井くんはYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のトリビュートライブにも参加してますもんね。

大井:そうなんです。自分のなかでイメージがあるんですよ。生身の演奏家が電子的なアプローチをして、ジレンマみたいなもののなかで揺れ動く音楽をやる際は、あのキットを使わせてもらう。僕があのキットを使ってるのはTHE SPELLBOUNDやYOASOBIをはじめ、電子音楽と生演奏の融合を目指すようなアーティストの現場です。

――ああ、なるほど。YMO、BOOM BOOM SATELLITES、YOASOBIという流れは、日本発の電子的な音楽の歴史という意味でも興味深いです。

大井:電子的な音楽と人間の関係値について深く考えるのが好きな人たちに関わって、そこに貢献できるのは楽しいです。その部分においては特にTHE SPELLBOUNDからたくさん学ばせてもらっていて、そのノウハウがほかのアーティストの現場でも活かされる場面が非常に多いので、すごく感謝してます。

――大井くんといえば、モニターがイヤフォンではなくヘッドフォンなのもトレードマークになっていますよね。

大井:最初は格好つけだったんですよ。リチャード・スペイヴンが好きで、彼がヘッドフォンをつけてドラムを叩いてて、それがかっこよかった。あとはMutemathの昔のドラマーも、もちろんYMOもそうだし。かっこいいなと思うドラマーがヘッドフォンをつけてるパターンが多かったんですよね。

――確かに、ヘッドフォンは見た目的にもいいですもんね。

大井:入口はそこでした、かっこいいから(笑)。耳のなかに入れるやつって、耳型を取って作るじゃないですか。だから完全に密封されて、外の音が何にも聴こえなくなる。僕はあれがダメで。ドラムって、目の前で皮がポーンと震えたり、金属にスティックがコンって当たったり、それがいちばんの音の源なわけで。それをマイクで拾って、耳に送られてくるって、僕にはちょっと違和感があって、鳴った音が直接聴こえたらいいなと思うんですよね。ヘッドフォンだと完全には密封されなくて、ちょっとずらせば目の前の音が入ってくる。演奏性という面から見ても、僕にはヘッドフォンはもう欠かせないんだなと思います。

――グリッドに合わせた上で、そこで生まれる揺らぎが重要という意味では、フィジカルな要素をちゃんと感じられることは必要でしょうね。

大井:先端技術はもちろん好きだし、ソフトとかハードの進化を追いかけたいタイプなんですけど、身体性という話になった途端、めちゃめちゃレイドバックするというか(笑)。たとえば、ペダルはめちゃくちゃチープなものを使っているんですよ。80年代に発売されたヴィンテージのペダルを使っていて、揺れまくるし、挙動も全然安定しない。でも、そういうのが素直で好きなんですよね。だから自分の目の前で鳴ってる音がちゃんと素直に聴こえてくる、そういう素朴な環境を求めているんだと思います。身体的なことに関して言えば、すごくプリミティブな状態が好きなんです。

――Dos Monosはいわゆる第2期、バンドセットになってからの参加ですが、もともと友達だったんですよね?

大井:そうなんですよ。もともとMONJOEとDos Monosの3人が同じ中高一貫の男子校の出身で、僕がDATSに入っていろいろやり始めたころに、MOJOEの家で知り合って。だから昔からの付き合いではあります。そのとき僕らはバンドで、Dos Monosはトラックでラップするスタイルだった。時が流れて、Dos Monosの第2期が訪れて、プレイヤーが必要になったときに、彼らは僕がどんな活動をしてきたかもチェックしてくれていたから、ありがたいことに「(ドラムをお願いするなら)カズくんでしょ」と言ってくれたんですよ。そこで、一緒に圧倒的なものを作ろう、と。

――レコーディングに参加するだけでなく、アレンジに関わったりもするんですか?

大井:何をもってアレンジと言うかにもよるんですけど……基本的には、荘子itがほとんどの曲のトラックを作ってます。行きつけの喫茶店で「アイデアをシェアしよう」って遊びみたいなことをしたときあって、それを拾ってもらって、曲に仕上げてもらったこともありました。それ以外は荘子itのトラックを再現するんですけど、彼はいい意味で生身の演奏家に可能な範囲を軽々と超えてきちゃうので、それを僕がレコーディングで人間に可能な範囲に落とし込む作業をするんですね。そういう意味ではアレンジなのかな。打ち込みのトラックがきて、「これを生で録りたい」って言われたときに、「四肢しかない私ができることはこういうことだよ」みたいな。

――ちなみに、大井くんのアイデアから生まれたのはどの曲ですか?

大井:「KIRA KIRA」って曲があって。ハンマービートの曲なんですけど、あれはリンドラムの実機を使っていて。LM-2っていう、完動品が100万円以上しちゃうようなヴィンテージのドラムマシンなんですけど、アイナの現場でご一緒したギタリストの田中義人さんが貸してくれたんです。で、それを使って荘子itと遊んだら、ばっちり使ってくれました。昔のドラムマシンとか電子ドラムって、不思議な身体性へのアプローチがあるんですよね。シモンズとかも大好きなんですけど、昔の電子ドラムは今のものに比べてもっと人間が使いそうな形をしてるというか、楽器ぶろうとしてる感じがして、そういうところが好きなんです。

Dos Monos - KIRA KIRA

――Dos Monosに携わる上では、やはりblack midiのようなバンドも共有していた?

大井:そうですね。去年はジョーディー・グリープのレコーディングもやらせてもらって、いいメンバーだったんですよね。松丸(契)とか梅井美咲ちゃんとかいたりして、すごく楽しかったです。Dos Monosがバンドセットになって、松丸と(市川)仁也の存在もやっぱりでかいんですよ。Dos Monosの3人も僕らに信頼を置いてくれているし、いろんなことを期待してくれているんですよね。最近は仲が良すぎて、サポートメンバーなのに勝手に「Back D」っていう屋号を作ってライブもしてますし、音源も今作ってます。

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