Johnny(横浜銀蝿)が見せた男の生き様、叶えるべき嵐の夢 40年ぶりソロライブに渦巻いた大熱狂
横浜銀蝿のJohnny(Gt/Vo)がソロデビュー45周年を記念し、40年ぶりにソロ活動を再開。今年1月にリリースした新作アルバム『ヨコハマ・グラフィティ』を携えて、ソロとして初の東名阪ツアー『Johnny Live Tour “ヨコハマ・グラフィティ”』を行い、そのツアーファイナルとなる東京公演を、3月28日に東京・新宿ReNYで開催した。
80年代の横浜銀蝿時代からコンポーザーとしても力を発揮してきたJohnnyは、銀蝿の大ブレイク真っ只中の1981年11月に「ジェームス・ディーンのように」でソロデビューし大ヒットを記録。1983年12月のバンド解散後もソロ活動を行い、その後レコード会社に勤務。2020年に横浜銀蝿40thで久々に表舞台に立ち、そして40年の時を経て2023年に銀蝿に完全復帰した。ロックンローラーとして第2の青春を爆走中のJohnnyが開催した今回のソロライブでは、アルバム『ヨコハマ・グラフィティ』の楽曲はもちろん、80年代に発表した2枚のアルバム『Highway Dancer』『横浜からI LOVE YOU』からのナンバーなどを次々と披露。まさにJohnnyの過去、現在、未来を見せるライブが繰り広げられた。
大勢のファンが集まる会場にチャック・ベリーの「Johnny B. Goode」が流れ、バンドメンバーとともにJohnnyがステージに登場。新作アルバムの1曲目を飾る「Highway Dancer」からライブはスタートした。リーゼント、サングラス、白い革ジャン姿のJohnnyは、サポートを務めるロックンロールバンド、JOHNNY PANDORAのメンバーたちとドライブ感あふれるサウンドをブチかます。黒いギターをかき鳴らしワイルドなボーカルを響かせるJohnnyに、長年のファンはブルーのペンライトを振り大歓声を上げた。
「“土曜の夜のHighway Dancer” Johnnyだ! みんな準備はいいですか! オレのテーマソングを聴いてくれ!」と声を上げ、「土曜の夜はHighway Danceで」が投下される。Johnnyはギターを弾きながら軽快なステップを刻み、フロアからは応援のホイッスルが鳴る。会場は最高のロックンロールパーティーといった様相だ。
「デビュー45周年ですが、だいぶ中抜けしてるんで、新人ちゃんです。初々しいライブをするんで、よろしくお願いします!」と笑顔で自己紹介するJohnny。ライブに戻ると、松本隆が作詞した「チェーン・ネックレス」、奥さんへ捧げるラブソング「青春 Memories」などを披露していく。
以前から交流があり「自分の息子より若い」というJOHNNY PANDORAとのコンビネーションは抜群。「純なお前にRock'n Roll」でも見られたが、Johnnyとメンバーはライブの随所随所でメンバーとギターのハモリを響かせる。お互いにアイコンタクトを取りながら、タイトなサウンドを鳴らし観客を魅了する。
ライブ中盤戦では、アルバム『ヨコハマ・グラフィティ』の軸となる2曲が披露された。45年前のJohnnyの心のなかにあった、若き日の不安や希望を素直に歌う「二十才の頃」。そして「誰もが子供の頃の純粋さを思い出せば、世界が平和になるんじゃないかなって思いを込めて書いた曲」という「Pure Mind」は、まさに混沌とする今の時代により響くナンバーだ。
MCでも語っていたが、80年代当時、Johnnyはソロライブを1度しか行っていない。「吉祥寺の前進座で一回だけやったんですけど、それが1986年3月28日で、なんと40年前の同じ日だったんです。まったく意識してなかったんですよ」と、期せずして、時をかけるロックンローラーぶりを発揮していたことを口にした。
ライブではサポートを務めるJOHNNY PANDORAをフィーチャーした時間も設けられた。世代を超えてお互いの共通項としてある、リスペクトするキャロルのナンバー「ルイジアンナ」「ヘイ・タクシー」をプレイ。ボーカルを掛け合いながら熱いセッションを繰り広げ、疾走感あふれるアレンジで会場を盛り上げた。続けて、Johnnyが作詞作曲した、銀蝿一家の後輩である嶋大輔の「男の勲章」をセルフカバー。大ヒットチューンに会場は最高潮の盛り上がりを見せ、観客から大きな拍手が送られた。
さまざまな楽曲で楽しませるJohnnyは、2020年から2021年にかけて横浜銀蝿40thに参加したきっかけのエピソードとして、盟友の翔からの「今の銀蝿のファンに生Johnnyを見せてあげたいんだ」という話があったことを語る。「60歳の時に翔くんからそう言われて、あれから7、8年経ちますけど、本当にもう一回やってよかったです。こんなに素晴らしいみなさんとまた出会えるなんて。最高です、幸せです!」とJohnnyが声を上げると、観客は温かい拍手を送る。
そして、横浜銀蝿40thのアルバム『ぶっちぎりアゲイン』に収録されている、翔の言葉へのアンサーソングとして書かれたラブソング「待たせてごめん」を歌唱する。〈もう離さない〉というファンに向けての想いをJohnnyはストレートに届ける。続けて、19歳の頃の翔との湘南での面白エピソードで会場の爆笑を誘ったあと、アルバム『ヨコハマ・グラフィティ』のなかで、翔が作詞、TAKUが作曲した「湘南ノスタルジー」を聴かせた。
MCタイムでは、この日をもって一旦ソロ活動に区切りをつけ、4月からは横浜銀蝿のJohnnyに戻り、ばりばり活動していくことを告げる。「ソロもまた機会があったらやりたいと思います」と、ソロとしての活動にも意欲を見せた。
そして今年の5月に誕生日を迎える話題で、「今年68歳になるんですけど、嵐さんが亡くなったのが67歳だったから今年越えるんです。嵐さんはいつも3年先の未来を見せてくれていたけど、今年からはオレと翔くんが天国の嵐さんを引っ張る番になったんです。責任重大ですよ」「嵐さんが、『もう一回武道館やりてえよな』って言ってたのがどうしても残ってまして、そこに向かえるように、翔とTAKUと一緒に頑張っていくので、よろしくお願いします!」と語り、観客も大きな拍手で横浜銀蝿としての夢に賛同した。
ライブもいよいよ終盤戦。Johnnyのソロデビュー曲にして最大のヒット曲である「ジェームス・ディーンのように」が披露されると会場は最高の盛り上がりを見せる。「Let's do!」でJohnnyは観客とのコールアンドレスポンスを巻き起こし、「誘惑カーチェイス」でライブの加速度をさらに上げ、「セクシー・ルウ」で最高にノリノリの空間を作り上げた。
「まさか、この歳になってこんなに素晴らしい光景が待っていると思いませんでした。本当にありがとう。最後に、みなさんがこの先さらに輝けるようにこの曲を贈りたいと思います」と口にしたJohnnyは、「88の星座」を披露する。力いっぱい輝いて見せるという熱い思いを込めて歌うJohnnyは、ミラーボールの光のなかで一本指を高々とかざし、ライブ本編を締め括った。
熱烈なアンコールに応えてステージに戻ったJohnnyは、「本当にありがとうございます。うれしいです。幸せ者ですよ」と笑顔で語る。「まだ銀蝿一家で初めてオリコン1位を獲った曲、やってなかったですね」の声から披露されたのは「$百萬BABY」。松本隆の歌詞とJohnnyのメロディが最高のマッチングを見せる名曲はとにかく最高。Johnnyはメンバーとギターの掛け合いを見せ、熱い演奏をブチかまし、会場は大熱狂となった。
サポートを務めたJOHNNY PANDORAを送り出し、ステージにひとり残ったJohnnyは、「昔、2ndアルバム『横浜からI LOVE YOU』を出して、同時にMV作品も出して。そのいちばん最後に、アルバムには入ってないタイトル曲が入ってたんです。それは1983年に銀蝿が解散してみんなソロで別々の道を進んでいく時に、『ここからはオレはひとりで頑張っていく』って思いを込めて作ったんですが、今は気持ちが違いますね。ひとりで頑張っていくというより、みんながいるんでね。『みんなと一緒にここから先に進んでいく』って、ちょっと歌詞を変えて作りました」「最後に弾き語りで聴いてください」と思いを伝える。Johnnyはアコギを手にし、「横浜からI LOVE YOU」を披露する。〈ここから先は、みんなと〉と美しいメロディで歌い上げた。
「今日はどうもありがとう! 最高の時間でした! みんな愛してるぜ!」と声を上げ、会場は熱く温かい拍手に包まれてライブはフィニッシュとなった。
さまざまな時代を行き来しながら、Johnnyが歩んできた人生を凝縮して見せてくれたようなあっという間の2時間。男の生き様をロックンロールで描いた、楽しさと最高な瞬間が詰まりまくったライブだった。