平井 堅が手にした白い花束、異次元アンサンブルの意味――『Ken's Bar Special !!』 30年を超えた“歌バカ”の旅

 こんなにも多くの人が彼の帰還を待っていた。平井 堅のデビュー30周年を記念する『Ken’s Bar』スペシャルツアー『Ken Hirai 30th Anniversary Ken's Bar Special !! 2025 - 2026』のセミファイナル。国立代々木競技場第一体育館は、その歌声を長年愛してきた大人の観客で埋まった。「まもなく“開店”します」――ユニークな場内アナウンス、1ドリンク付きとコースターの配布、アリーナ前方にはテーブル指定席の設置。『Ken’s Bar』でしか味わえない、開演前から独特のムードに心ときめく。

 オープニングは劇的だった。ぴんと張り詰めた緊張感、暗闇を照らす夕焼け色の照明、シルバーグレーのスーツを着て椅子に腰かけ、童謡「赤とんぼ」をピアノの伴奏のみで朗々と歌い上げる。挨拶はたったひとこと、「『Ken’s Bar』へようこそ」。背後のスクリーンに映し出される深い森、青い闇、そして、通常はエンドロールで流されるスタッフクレジット。意外性しかない。すごいライブになる予感がする。

 突如激しく掻き鳴らされる、琵琶の音が静寂を破る。曲は「知らないんでしょ?」。琵琶と歌、ステージいっぱいに敷き詰められた草むらと岩のセット、その岩にもたれて後ろ向きで歌う平井 堅。あまりにも絵になる姿に、舞台の一幕を観ている気がする。続く「僕は君に恋をする」はピアノと歌でしっとりと。再び深い森と苔むす石の映像を挟み、「the flower is you」はアコースティックギターの軽やかなリズムとともに。このあたりで「今日のテーマは楽器と歌のデュオだ」ということに気づく。ピアノは鈴木大、ギターは石成正人。楽器がひとつだからこそ、名手の名人芸を心ゆくまで堪能できる。

 リズミックな「KISS OF LIFE」で、ピアノのタッチに合わせて手拍子が起こる。間奏間際のブレイクでは歓声が湧く。緊張度の高いコンサートだが、堅苦しくはない。「Gaining Through Losing」では、ステージに作られた水たまりにわざと靴を踏み入れて歌う。全てが演劇的だ。セットリストの流れにも意味があり、「雨のあとには陽が差す、人生は素晴らしい」と歌う「Gaining Through Losing」の歌詞にもきっと意味がある。第一部はここで終わり。夢から醒めたように、会場内に灯りとざわめきが戻ってきた。

 第2部の始まりもまた劇的だった。ハープと歌との組み合わせの驚き。巨大なハープから放たれる壮麗な音の広がりと、しっとりと歌い上げる歌声の美しさ。そんな「Ring」の余韻に浸る間もなく、突如始まったドラムソロ。「キミはともだち」は、なんとドラムと歌のデュオ、続く「LOVE OR LUST」はベースと歌だけという、あまりにシンプルかつ大胆な組み合わせに度肝を抜かれる。しかもドラムは河村"カースケ"智康、ベースは亀田誠治だ。なんという贅沢。そして、異形の編成にも臆せず、一音も外さずに歌いきるボーカリストの凄まじい技量。何もかもが異次元だ。

 アコースティックギターと一緒に歌う「魔法って言っていいかな?」は、優しく包みこむラブソング。灯台の灯りのように回転し、演者の表情を一瞬だけ見せて通り過ぎる照明が素晴らしい。そして、次の曲へのイントロでギタリストの石成が「Londonderry Air」のメロディを奏でているな、と思った次の瞬間に突如始まった「POP STAR」のド派手なパフォーマンス。河村+亀田の強力リズム隊をバックに、左右にMVでお馴染みのアライグマとモグラを従え、七色のきらめく電飾を羽織って踊るボーカリスト。客席は総立ちで大盛り上がり。なのだが、それまでの曲との落差が大きすぎて、楽しいような不安なような妙な気分になる。このコンサート、一筋縄ではいかない。

 何度目かの深い森の映像を経て、おもむろに流れ出すバッハの無伴奏チェロ組曲 第1番「プレリュード」ト長調。今回のコンサートでは、ほぼすべての曲の前に楽器奏者によるソロ演奏が付く。音楽知識の幅広い人はより楽しめただろう。そして始まった「かわいそうだよね」は、おそらくセットリスト全体のクライマックスと言える曲だ。歌い続ける平井 堅。ステージを横切り、草むらのなかの岩の上に一輪の白い花を次々と重ねてゆくピンク色のドレスの女性たち。何を意味するか、説明はない。それは過去への手向けか、はたまた未来への祈りか――。

 「今日はどうもありがとうございました」。唐突なひとことのあと、白い花束をしっかり握り、アコースティックギターとともに「ノンフィクション」を歌う。〈僕はあなたに あなたに ただ 会いたいだけ〉。演劇的なステージのフィナーレにふさわしい、強いメッセージを残して第二部は終わる。何度も聴いた曲が、違う文脈で新鮮に蘇る。このコンサートは、平井 堅による平井 堅の再発見、なのかもしれない。音が消えたあとのスクリーンには、ステージセットとそっくりな草むらと岩、そしてしおれゆく白い花束が映し出されている。

 極めて完成度の高い本編の緊張感から解き放たれ、アンコールはどこまでも明るく、楽しく、屈託なく。「♪みんなのリクエストが聞きたい」と歌いながら客席に現れた平井 堅。ステージからバズーカをぶっ放してキャッチした人のリクエストを受け付ける、リクエストコーナーも久しぶり。この日のリクエスト曲は「夢のむこうで」と「キャッチボール」。どちらも懐かしい曲だが、ピアニストとギタリスト、ほんの数分の打ち合わせでアレンジを決めて、歌詞も見ずに歌う、完璧なパフォーマンス。30年間のすべてのレパートリーが頭に入っているのだろうか。平井 堅、恐るべし。

「一回休んでみて、身に染みて感じました。自分が歌手であることを、一秒たりとも忘れることはなかったし、これからもないと思います。常に心に歌を掲げながら、これからも生きていきたいと思います」

 心からの誠実な挨拶を、たくさんの誠実な拍手が包み込む。そして、もう一曲、この日のクロージングナンバーは「ふるさと」だった。「赤とんぼ」で始まり、「ふるさと」に終わるセットリスト。メッセージ性の強い選曲。歌と楽器とのデュオという表現。草むらと岩、深い森や水のせせらぎなどのビジュアル。会場にいた2時間半よりも、振り返って思い出している今のほうが謎と理解と愉しさが増している。30年を超えてなお新境地を切り拓きながら、歌バカの旅は続いてゆく。

平井 堅「みんな、偉い!」――再会の歓びと人生讃歌 歌手としての30年、人としての53年を刻んだ『Ken's Bar』

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