BMSG TRAINEE ソロインタビュー Vol.13:YU、諦めずに手を伸ばした“BMSG”という場所 「謙虚な人でありたい」
BE:FIRST、MAZZELに次ぐ、3つ目のボーイズグループを誕生させるべく行われた、BMSGによるオーディションプロジェクト『THE LAST PIECE』。その参加者でもあった面々が多く揃った今のBMSG TRAINEEは、最強の原石が揃っている。その強さとは、一体何なのか、どこからやってきたのか――。
リアルサウンドでは、3月18日、19日に行われる『BMSG TRAINEE SHOWCASE 2026 〜 Graduation Party for REN, YUTA, RAIKI, TAICHI, and ISANA 〜』を記念して、出演するBMSG TRAINEE 18名のソロインタビュー連載をスタートさせる。まっすぐに自分の理想を追い求めて、今この瞬間もひた走っているこの若き才能たちに、リアルサウンドは全力でベットしたいと思う。
連載第13回目は、YUが登場する。とても自己言及的なパフォーマンスをする人だというのが、『THE LAST PIECE』を観て、そして、こうしてじっくり話を聞かせてもらった今、あらためてYUに思うことだ。YUは、不思議な魅力を持っている人である。話すと穏やかな雰囲気をまとっていて、飄々としている。パフォーマンスの時間が訪れると、ピンと張り詰めた空気を一瞬で作り上げる。しかし、ひとたびステージを降りると、あのほんわかとしたYUになる。そこにスイッチなんてものはなくて、ただひたすらにYUは純粋に生きているということなのだろう。それが、彼のパーソナリティなのだと思う。YUがイノセントに“YU”として生きること、音楽という表現に向き合うこと、笑うこと、悔しさに涙を流すことで、YUという人の匂いは深さを増していく。今までに見たことのない表現者かもしれない――そんな予感さえもたらしてくれる稀有な人だ。
どのようにしてYUは“YU”となったのか。YUにとってなぜBMSGは諦められない場所だったのか。そして、どこへ向かおうとしているのか。インタビューをしながら、どこか細い糸を手繰り寄せながら、ひとつの着地点である今のYUに向かうような感覚があった。今日は今日のYUがいて、明日には明日のYUがいる。そんな当たり前のことの揺らぎが、YUの表現であり、YUという人柄そのものなのかもしれない。(編集部)
たくさんの人から見られることへの憧れ「僕、喋るのがすごく好きなんです」
――まずは生年月日から教えてください。
YU:2012年2月6日生まれで、中学2年生です。
――BMSG TRAINEEのなかでは、最年少でしたよね。
YU:前までは最年少だったんですけど、最近年下の子たちが入ってきたので最年少じゃなくなりました。
――少しお兄さんになってきた感じですね。YUさんのいちばん古い記憶は何ですか?
YU: 3歳くらいの時、夜中に「お腹空いた!」って泣きわめいて、お母さんに「鬼に電話するよ!」って言われながらリンゴを食べた記憶があります。
――かわいいエピソードですね(笑)。普段からよく食べるほうですか?
YU:食べる時と食べない時の差が激しいと思います。その時は、たまたまお腹がすいちゃってたのかな(笑)。
――お母さんとは仲よしですか?
YU:すごく仲がいいです。最近も一緒にアウトレットに行って、靴を買ってもらいました。
――子どもの頃に友達と遊んでいた時の思い出とかはありますか?
YU:小さい頃、東京から神奈川に引っ越したことがあって。引っ越し前に、当時仲がよかった隣の家の女の子と最後に遊んだとき、指スマしたのを覚えてます。
――最後の遊びが指スマ(笑)?
YU:はい(笑)。その子に初めて教わって、公園で指スマしてました。
――かわいらしい思い出(笑)。最初に抱いた将来の夢は覚えていますか?
YU:最初は歌舞伎役者で、次がお笑い芸人。その次がバスケットボール選手で、その次に歌って踊る人になりたいと思いました。
――たくさん夢があったんですね。最初、歌舞伎役者になりたいと思ったのは、何かきっかけがあったんでしょうか。
YU:お母さんの友達に歌舞伎役者さんの方がいて、お面をプレゼントしてもらったことがあるんです。それで興味を持って。「歌舞伎って面白いし、かっこいいな」って惹かれました。
――その後もお笑い芸人やスポーツ選手に憧れるわけですが、たくさんの人から見られる職業に就きたい、というような気持ちがあったんでしょうか。
YU:昔からずっとあったかもしれないです。
――じゃあ学校でも積極的に立候補するタイプでしたか? たとえば学級委員長を決めるときとか。
YU:いや、それは絶対しないです! でも、授業中に理解してないのに手を挙げることはよくあります(笑)。
――先生に指されたら困らないですか(笑)?
YU:指されたら、間違っててもいいから適当に答えちゃいます。
――「とにかく話したい!」という感じ?
YU:はい! 僕、喋るのがすごく好きなんです。
――将来の夢の話に戻りますが、歌って踊れるアーティストを目指し始めたきっかけは何でしたか?
YU:お母さんが音楽に合わせてボクシングをしたりするインストラクターをしていて、おなかにいる頃から音楽に乗って何かをするのが楽しかったんです。お母さんはもともとダンスをやっていたこともあって、「ダンスやってみない?」って勧められたのがきっかけで始めました。
――ダンスから始めたんですね。
YU:はい。やってみたら勝手に笑顔になっちゃうくらいすごく楽しくて、「将来はダンサーになろう」って思ってました。でも、当時は体調を崩しやすいこともあって、レッスンに行ける回数が少なかったんです。その頃にちょうど『THE FIRST』を観て。お母さんも影響を受けたみたいで、「歌もやってみたら?」と言ってくれて、歌のレッスンを始めました。
――歌はやってみてどうでしたか?
YU:めっちゃ難しかったです。でも、その頃はまだ声変わりしてなくて、「自分、上手いかも!」と思えていたので、楽しかったですね。
――お母さんにダンスや歌をお家で見せたりしましたか?
YU:よくしてましたね。小さい頃からずっと褒めてもらってました。
――BMSG TRAINEEに応募するきっかけはなんだったんでしょうか。
YU:僕、BE:FIRSTのSOTAくんと同じ小学校の出身なんです。SOTAくんがBE:FIRSTとしてデビューした時、校長先生が朝礼でSOTAくんの話をしていて、「すごいな」って。僕も『THE FIRST』を観ていたので、「僕もBMSGに入って音楽やりたいな」と思ったんです。
――そうだったんですね。実際BMSGに入ったあと、SOTAさんに話しましたか?
YU:あんまり話せてないです。『THE LAST PIECE』に参加する前に一度話したことあるんですけど、何を話したのか忘れちゃって……。
――緊張しますもんね。『THE LAST PIECE』を受けようと決心した理由は何だったんでしょう。
YU:実はギリギリまで受けるかどうするか、迷ってたんです。自分の実力は、客観的に見たらまだまだ足りないなと思ってたので。でも、ほかのBMSG TRAINEEの仲間たちが「参加する」と言っていたので、やっぱり自分も挑戦してみようって、参加を決めました。
――じゃあ、最初は不安が大きかったんですね。実際にチャレンジしてみてどうでしたか?
YU:とにかく、みんなが優しかったです。僕は参加者のなかでは最年少で、敬語の使い方とかが当時はあんまりわからなくて。でも、「敬語じゃなくていいよ」と優しく言ってくれる人もいて、すごく過ごしやすかったです。
――それはすごくいい環境ですよね。悲しい気持ちや寂しい気持ちになったことはありましたか?
YU:たくさんありました。仲間が脱落してどんどんいなくなっちゃうのが寂しかったし、自分も途中で脱落しちゃったけど、「帰りたくないな」っていう気持ちしかありませんでした。みんなとバイバイするのが悲しかったです。