宇多田ヒカル、“違い”を認め合い共に生きることへの想い Yaejiら参加、「Mine or Yours」リミックスから浮かぶメッセージ
「Mine or Yours」リミックスにも反映された“連帯性”への眼差し
そして、このリミックスEPである。「Electricity」のリミックスも然り、注目すべきは人選にいずれも性的マイノリティを含んでいる点だ。そういえば宇多田が昨今傾倒してきたハウスミュージックやハイパーポップ、そして多くのダンスミュージックは本を正せばLGBTQ+のコミュニティに育まれてきたもの。皆、共に生きたいと思う人と生きることを、社会的、法的に認められなかったり、またマジョリティからその存在を疎外され、生の在り方に困難を抱えてきた人たちだ。それゆえダンスミュージックは個人の生き方や在り方と密接する音楽であり、はじめからポリティカルな音楽でもある。「Mine or Yours」自体は前述のようにダンスミュージックから離れたナンバーであるが、だからこそ一連のリミックスには、ノンバイナリーを公言した宇多田自身のマイノリティへの連帯の想いのもとコミュニティのカルチャーをフックアップする意図も、あるいはあったのかもしれない。
リミックスの内容を紹介していこう。1つ目は韓国系でアメリカ出身のYaejiによるリミックス。このEPに絡んで、Spotify限定でDJパフォーマンス映像も公開されたYaejiのリミックスは、後ろに跳ねるようなスローなバックビートが特徴的な原曲のテンポを速め、メロディを活かしながらもビートの強拍位置をズラして前のめりなノリに変えてしまっているのが面白いところ。アイコニックでサイケデリックな意匠は控えめだが、密室的でコンパクトな音像、ざらついた質感とデッドなドラムサウンドがYaejiらしく、手作り感と洗練が絶妙に同居している。
2つ目は、アメリカ出身でUK拠点のThe Blessed Madonnaによるリミックス。前述の通り性的マイノリティで、ノンバイナリーでありバイセクシャルを公言している。こちらはメロディを極端に削り、原曲のスキャットの部分のみ抽出。キックを強調したドープなトラックからスタートしつつ、軽やかなスネアの四つ打ちとファンキーな低音との対比で、ミニマルながらしっかり踊らせるミックスに仕上げている。
3つ目は、ストックホルム発のレーベル Studio Barnhusから2018年にデビューした気鋭のトラックメイカー/ DJのBella Boo。ハウスを主軸にしているが、このリミックスでは、テンポを原曲より落とし、ビートを途中で加速させながらドラマティックに展開。アタック音をオングリットから意図的にズラして重ねることで音像に凹凸感を作りながら、ビートを少しずつ作っていく流れにワクワクさせられる。一方、音の選び方やリバーブの掛け方にはディープハウス的な神秘性と透明感があって、宇多田の「君に夢中」のトラックを思わせる部分もある。
一連のリミックスがEPにバンドルされると、原曲をもとに異なるバックグラウンドを持つアーティストたちの個人の中に落とし込まれることで、楽曲自体に多面的な解釈が生まれていく、という構造がよりはっきりと見えてくる。原曲が、水面に落とされた一滴だとしたら、リミックスは、さながら同心円を描きながら広がっていく波紋といったところ。そのようにして、メッセージが国や地域、バックグラウンドなど、さまざまな人の“違い”を超えて波及していくことを宇多田も期待しているのかもしれない。筆者は以前のコラムで、“宇多田ヒカルの音楽は、全ての人の、個人的な経験の集合体としての人生を祝福する”という旨を書いたのだが(※1)、「Mine or Yours」とそのリミックスは、それぞれに違う本当の意味での全ての人の生が、共にあり続けられるよう願ったものなのかもしれないと、思えてくるのであった。
※1:https://realsound.jp/2025/03/post-1953915.html
■リリース情報
EP『Mine or Yours』
発売中/アナログレコード盤購入:https://erj.lnk.to/F3kyil
<収録曲>
Mine or Yours
Mine or Yours(Yaeji Remix)
Mine or Yours(The Blessed Madonna’s GODSQUAD Mix)
Mine or Yours (Bella Boo Remix)
Mine or Yours – From THE FIRST TAKE